くるりと踵を返した【短編】

相変わらず時間を見つけて小説らしきものを書こうとトライしている。

でも、なかなか難しい。出版されている小説は、どれもこれも有り触れているように見えるけれど、同じように言葉を作り、紡ぎ、重ねることは容易ではないことに今更気付く。

それでも、何か書ける気がする。少なくとも、そう思える限りは何か書こう。

『くるりと踵を返した』

クソみたいなJ-POPがJAZZ風にアレンジされている。編曲家には日銭が入り、作曲家には幾らか著作料が入る。カフェで流せば、ジャスラック経由でレコード会社にお金が入る。カフェにいるのは僕で、牛すじ煮込みカレーとグラスビールを注文する。朝井リョウの『桐島、部活やめたってよ』を読む。出版社と著者にお金が入る。薄利多売の製本所にもお金が入・・・

経済はぐるりと循環し、誰もが最低限の生活ができる。それが成熟された世界の構成。牛すじをカレーで煮込むアイデアも、その世界を構成する一要素。

ホテルに戻る。昨年オープンしたばかりのホテルのアニメティは、どれも新しい。ご丁寧にマッサージチェアまで備え付けられている。座り心地は最低と普通の間くらい。この部屋は暗すぎる。少し酔いが回った状態でテレビのリモコンに手をかける。僕の手にすとんと収まらない太めのボディ。安物のセット、安いタレントが安い笑いを提供するバラエティ番組。なし崩しで行なわれる性行為のようなやり取りの背景に、ブンブンサテライツの音楽を雑に切り取ったBGMが流れる。

テレビを通してなのだろう、僕はちょっとだけ笑ってしまう。腹を抱えて笑うことは少なくなったけれど、そうして時間を潰すのは悪くない。妻も子もいない僕は、来年で29になる。もう落ち着い良い年頃らしい。フェイスブックで毎週のように繰り広げられる結婚報告、結婚式(およびその準備)、出産(およびその準備)、娘・息子との触れ合い。僕がスクリーンに向かっている時間、彼らは家庭を築いていく。

家庭を築くこと、それが社会への貢献。少しずつ、確実に、相対的に、義務を果たさない僕の価値は下がる。親も友達も僕を哀れむ。レム睡眠。

ここで、くるりと踵を返せたら、僕はどこまで時代を遡るだろう。

1年前?大学生?それとも小学生のとき?

安い藁半紙に印字された計算問題。あの頃、学校の授業は退屈で、僕は血が出るまで耳穴をほじっていた。出来の悪い女の子に汚いと指摘される。救いがない少年の目には、空の青さと女子のパンティに目が眩んだ。

いつからか出てこない魔法の配色が、僕の将来を黒く塗りつぶしている事実。黒に何を混ぜても黒いまま。どこかで借りてきた白で濡らし、かろうじてグレーを保てるのは数日間だけ。すぐに部屋は汚れた。

どんなクリエイティヴを提示しても、箸にも棒にもかからない賞レース。この年で「どうして?」と他人に相談することはできないし、愛の言葉をささいだとしても、勇気を出した後悔しか掴むことはできない。僕の夜汽車はコトコト遅い。

オリジナルじゃないんだ。
オリジナルじゃないんだ。僕は。

でも、勇気はあるんだよ。

ナンパでも自慰行為でも、勇気がないとできないんだ。前に踏み出さないとできないんだ!

なんなんだ、その論理は(笑)

(笑)なんて使ったら、また、あの娘に笑われるかもしれないwwwwwwww

おもむろにパソコンを起動して、取引先から送られてきた7GBのbmpデータに辟易しながら、それを丁寧にトリミングする。レイヤーのある風景が真実だとしても、傍から見ればたった一面しか見えなくて。その必要性は中の人にしか分からない。小学5年生は、音楽をCDでなくYouTubeで聴く。ソフトバンクの脆弱な回線に耐えながら、あの娘は、その瞬間に満足しているんだ。それはそれで正しいのかもしれない。

僕が小学5年生に戻ったとして、だけど時代は現在(いま)のままだったら。僕はきっと、あの頃と同じように、美術室の端っこで絵ばかり描いているに違いない。文字も音もない、柔らかい彩色を愉しみながら。絵筆を操りながら僕は、ゴッホやセザンヌみたいな絵を描いている。あの娘がそれを見つけて、貝が開く。声が漏れる代わりに僕は紅くなる。

今は分かる。それは青春ていうんだ。

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