勝田全国マラソン雑記

「その1秒を削り出せ」

2014年の箱根駅伝を制した東洋大学が、チームスローガンとして掲げていた言葉だ。
2011年の箱根駅伝で早稲田大学に21秒差で敗れた東洋大学。約20キロを駆けるランナーの1人1人にとって「1秒」はとても小さな単位に思える。しかし、結果的にその差をもって早稲田大学に優勝を攫われることになった。
その悔しさを胸に刻み付けた東洋大学は、2012年に大会記録である10:51:36で総合優勝を果たす。新・山の神である柏原竜二や、区間新記録を打ち立てた設楽悠太などの激走は、今も記憶に新しい。

2014年の箱根駅伝は、2012年の再現のような東洋大学の圧勝劇だった。1年生も4年生も、実力者も箱根デビュー者も、しっかりと自分の実力で走り切ることができた。
しかしながら、もはや誰もが忘れているかもしれないが、東洋大学は優勝候補の本命ではなかった。箱根駅伝前の主要5大会で「2位」という成績に甘んじていた。出雲駅伝、全日本駅伝で駒沢大学の後塵を拝していた。多くの人が駒澤大学の盤石ぶりに注目していた。

それを覆せた1番の理由が、「その1秒を削り出せ」というチームスローガンに挙げるのは早計過ぎるだろう。だが、どの選手も「その1秒を削り出せ」という言葉を腕にマジック書きしていたことが、チーム全体がまとまっており、「優勝」という目標に向けて団結していたことは示しているのではないかと思う。全員が区間4位以上のタイム、チームとして崩れなかった東洋大学の強さを印象づける。

さて、いつも通り前書きが長くなってしまったが、1月26日に茨城県ひたちなか市で走った勝田全国マラソンの話である。個人的な話である。

惨敗だった。

「天気が悪い」という前情報があったものの、スタート前には陽が上がり、ポカポカした陽気になっていた。半袖、長袖の両方を持参していたが、迷わず半袖を選択する。半袖、短パン。自己ベストである【3:34:37】を狙える体勢は、万事整っていた。

記録はこちら。

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寒暖差。地味に続くアップダウン。強風という外的要因。
30キロ以降でスピードを保てなかった実力、常に1キロあたり5分を超えているという焦りという内的要因。

この二つが惨敗の要因。考えてみれば、1月のフルマラソンは初めての経験だった。まさかリタイア直前のところまで追い込まれるとは思わなかった。

ちょうど26キロくらいでタイムはだいたい2時間だった。
この時点で、いつも通り、身体はやはり摩耗し始めた。
次の1時間だけしっかり走り切ろう。それが叶えば、残り5キロを気力で乗り切れる気がする。スピードダウンしかけるたびに、レース前に腕にマジック書きした「その1秒を削り出せ」の文字を触る。20キロから30キロまでの10キロは50分45秒。
つくばマラソンの時よりもスピードは保つことができていた。

しかし、32キロを過ぎたところで、いわゆる低体温症のような感じになった。
あまりに寒く、身体は冷え切り、心は軋み続けた。足を止め、筋肉を伸ばす。しかし、身体の冷えは収まらない。一度低体温症に陥ると、身体を温め続ける以外に対処法は無い。
絶望的な思い。タイムだけが流れていく。

そして、35キロの給水エリアでボランティアに救護を請う。
荷物置き場のようなところで、毛布を被り身体を温めた。そう簡単に温まるわけがないのだ。耳元で「あと5キロです、頑張ってください!」というボランティアの声援がひっきりなしに聞こえる。あと5キロではない、適当なことを言うなと毒づいている自分がいた。

その時点では、リタイアすることを考えていた。温かいスープが飲みたい。温かいお茶をすすりたい。冷たい水もスポーツドリンクも、もう不要だ。
だけど、なかなかボランティアが「大丈夫ですか?」と聞きに来ない。マニュアルはどうなってるんだと怒りたくなる。毛布を頭まですっぽり被りながら、自身の健康を案じた。

しばらくして顔を毛布から出してみる。
ボランティアの荷物が見える。何だか厚みのある本が顔を出している。表紙は見えないが、咄嗟に、プログラミング関連の本だと直感した。プログラミング関連の本は、いずれも例外なく厚い。記述が大変多いからだ。理系の大学生もしくは、趣味でプログラムを設計している人なのだなと思う。

時を経ずして、別の荷物が見える。
「Vintage」という文字が見える。高校生向けの英文法・語法集だ。ということは、彼らは高校生だ。さすがに3年生(受験生)ではないだろうが、高校生が自らの休日を潰してボランティアに励んでいる姿に驚いた。
よく見れば、全員あどけない田舎の高校生的な佇まいで頑張っている。まじか。俺も頑張らなくちゃいけないなと思った。

というのは、嘘だ。
彼らはボランティアに慣れていないのだろうと察した。

ということは、しばらくここで休んでいても、助けてくれない可能性がある。
荷物置き場は屋根はあるものの、風がぴゅーぴゅー入ってくる仮小屋のようなところだ。
身体は完全に温まり切ってはいないものの、ここで救護を待っているよりも、早く7キロを走り切ってゴールで温かい格好に戻った方が良いと判断した。

だいたい1キロあたり7分くらいのジョグだったと思う。
時間をかけてゴール地点まで辿り着いた。交通規制が外れた道路を走るのは初めての経験だった。4時間を超えたロードレースは、かくの如く「後処理」的な様相を呈するものなのだ。

当然ゴールは嬉しいものではなかった。
つくばマラソンで培われた自信は、脆くも崩れ去った。

実のところ、走ることが怖い。
次のレースは京都マラソンだ。

観光名所を巡れるコースは、歴史好きの僕としてはとても楽しみだ。
しかし、下記のようにアップダウンも多めと予想される。

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もう1ヶ月も準備期間は無いけれど、もう一度自分の走りを見直して、自己ベストに近い【3時間30分台】で走ることを目指したいと思う。

怖がっている場合ではない。今年も【ガチ】で走るのだから。

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