第3回サンスポ古河はなももマラソン雑記(2015年3月15日)

3年連続、3回目の出場。
大会自体が「3回目」の開催なので、今のところ僕は皆勤賞ということになる。
都心から近く、フラットなコースで自己ベストを狙いやすい。出走料も比較的安いとなれば、こぞって参加者も増えていく。年々、出走直後のランナー渋滞が発生しているのは、好条件の大会であることが口コミで広がっているゆえだろう。

さて、僕にとって、今シーズン最後のフルマラソン。
4時間半近くかかった惨敗の湘南国際マラソンから4ヶ月ぶり。
6月に北海道、サロマ湖100kmウルトラマラソンに参加するための調整レースにすることもできたけれど、スタート直後に奮い立つような気持ちが湧いてきてしまった。アドレナリン。力を温存するために、抑えめに走り出すつもりがスピードが上がってしまう。こうなると、自分をコントロールすることができない。

タイムを意識するレースが久しぶりだったこともある。
ランナーの足音(「カツッ、カツッ」と小気味良い音が鳴るのだ)が、とてもクリアに聞こえる。随分と鮮明に。音楽も聴かない。ランナーの足音と呼吸が、僕にとってアナログなペースメーカーになる。

ランナー渋滞を通り抜けて、1km5分を切るペースになると、周囲のランナーの雰囲気が変わっていることを知る。走るために、無駄な贅肉が殆ど無い身体だ。もちろん例外もあるけれど、頬は真っ平らで、ふくらはぎに適度な筋肉がついている。視線は柔らかく、前だけを見ている。ランナーウェアが良く似合う。シューズはミズノやアシックスが多い。アンダーアーマーのシューズは僕だけだ(少し優越感に浸れる)。

結果的に30キロ直前で1km4分40秒というペースを刻んでしまい、そこからガクッとスピードが落ちていった。脚の疲れだけでなく、身体全体に疲労が襲いかかる。随分急じゃないかと思う。もう少し段階的でも良いじゃないか。

ただ、1km5分20〜30秒くらいのページを維持する。
目標物を決めて(「あそこの信号まで何とか走ろう」と。意外と走れてしまう)、1歩1歩前に身体を進めていく。我慢のレースが出来ている。残り7キロ、普段練習しているくらいの距離だ。身体はキツイが、絶望的な疲弊に囚われてはいない。

35キロ地点で、まだ半分にも満たないランナーたちとすれ違う。
間も無く3時間を経過する中で、すでに足が止まりそうな人たちだ。それでも、足を止めずに前に進んでいる。レースの関門に間も無く引っ掛かるだろう。
僕も最初の頃のフルマラソンで、猛暑の中をフラフラになりながら5時間半かけて42キロを走ったことがある。「走る」と「歩く」が一緒くたになるレースは本当につらい。終わりが見えない。休むわけにもいかない。言い訳もできない。三重苦、いや、もっと幾重にもネガティヴな感情に包まれてしまう。

そう考えると、僕は少しずつマラソンに馴れている。
レース中に、ポジティヴでいられる時間が増えているのが、その証拠ではないだろうか。

ゴール。
ネットタイムで3時間35分26秒。ベストタイムに1分、3時間半まで5分強及ばなかった。達成感とともに、終盤スピードを保てなかった悔しさに襲われる。タフになれなかった。そういえば長い距離を走るトレーニングを怠っていた。反省点がとても多い。それでも、とりあえず横になってビールを飲みたい。

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友人は今回、ベストタイムを更新した。
150〜200kmをコンスタントに走っている。結果が出て当然だ。今に、僕が抜かれる日も遠くない。

いやいや、俺もまだまだ負けたくない。マラソン中毒者(ジャンキー)のごとく、ベストを目指して、まだまだ頑張れるはずだ。

さあ、いよいよ次回は、サロマ湖100kmウルトラマラソンに挑戦。
完走するために、参加するんだ。途中棄権するために、大金払ったわけじゃない。頑張ろう。

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