『 “ひとり出版社”という働きかた』を読んだ

“ひとり出版社”という働きかた

“ひとり出版社”という働きかた

「生きる」ことと「働く」ことは同義ではない。
当たり前のことだけど、「生きる」ための手段として「働く」がある。別の言い方をすれば「生きる」という大枠の中に「働く」も位置付けられているということだ。

僕は社会人に入ってから、この大原則を殆ど意識せずにいたし、むしろ「生きる」=「働く」と認識していた気がする。
ガツガツ働き、それなりに成果も出て、収入や幸福度に結びつくのであれば幸せなことだと思う。難しいことは何も考えずにいた方が良いのかもしれない。シンプルイズベスト、何事も考え過ぎはよろしくないのだ。

幸か不幸か、僕のようなややこしい(と自称している)人間が、「生きる」≠「働く」ではないかと疑いを持ち始めると、色んなややこしいことを考えてしまう。
今まで疑いなく組織の中で働いてきたことに懐疑的になる。生きるための別の方策を無意味に無謀に考えてみたりする。ちょっと失敗しただけで「辞めます」と言いたくなる(映画『モテキ』の主人公は、上司に「お前はそんなポジションにもいねーんだよ」とド突かれて辞めることなくストーリーが結末に向かった。めでたしめでたし)。

脇道に逸れてしまったけれど、そういう「ややこしい」自分に対して納得性を持たせる上でも、何かしらの刺激や理論武装が必要になる。「ややこしい」人間への対処法は、その名の如く「ややこしい」処方箋を必要とする。馬鹿につける薬はない、の一歩手前くらいの面倒さ加減ではないだろうか。

そんな中読んだ『“ひとり出版社”という働きかた』(西山雅子著)はドンピシャで面白かった。

本書の中には「一人」または「小規模」で出版社をやり繰りする人たちの様子が描かれている。
著者の西山雅子はかつて出版社に勤務し、現在はフリーランスとして活動をしている。ここで描かれているような「ひとり出版社」という位置付けで活動しているわけではは無いとあとがきでも述べている。この形で「働く」ことは「生きる」ことが保証されているわけではない。むしろ困難が山ほど発生すると述べている。
巷のビジネス本のように「これをやったら成功者になれる!」と息巻くようなハウツー本ではない。
本書は、西山が「ひとり出版社」として活動している人たちへの取材を行ない、主にひとり語りのような形で自分の活動を紹介するという構図になっている。大変そうだが、とても生き生きと働いている人たちの様子が眩しい。

本書は「働きかた」というタイトルがついている。だがそれを超えて、「生き方」まで言及している方が非常に多いと感じた。
例えば赤々舎・姫野希美は大手出版社が手を出しづらい写真集の編集および出版に果敢にチャレンジする。写真家と二人三脚で取り組み、出版にこぎつける熱意と創意工夫には何度も驚かされた。

写真に写しとられたものが、その人にとって、どれほど切実な存在なのか。その写真が人間についてのなにを考えさせてくれるのか。それが私にとって、とても大事なんです。つまり、人は人に興味がある。でも、一番わからないのも人間。たぶん、自分自身も含めてわからない。(中略)私は特別な感受性をもっている人間ではないので、少なくとも私がこんなに心が動くなら、同じようにこの作品を必要としてくれる人がいるはずだと。

彼女の発言は、人間への純粋な好奇心に基づいている。
この章では、彼女が若かりし頃に上海に2年間住み、不動産の仲介業をやっていたことも紹介されている。「ビジネスには興味がない、人間に興味があったから上海に住んでみた」という言葉からも、彼女が「人間」をきっかけにした「働きかた」「生き方」を志向していることが窺える。

そういうことなんだと思う。
冒頭でも書いた通り、「生きる」と「働く」は完全に同義ではない。
でもどこか繋がっているべきなのだ。というのが登場する人たちの共通した考え方ではないかと僕は感じた。

何より面白いのは、全ての人たちが「本を愛している」という事実だ。
出版不況や電子書籍の台頭など、出版業界がなかなか立ち行かないのは良く報道で耳にする。
だけど本を愛し、情熱を持って仕事に取り組む彼らの言葉には力があるし、それを編んだ著者・西山雅子の思いも全ページを通じて真っ直ぐに伝わってくる。
スペシャルインタビューの谷川俊太郎や、寄稿の内沼晋太郎の話も面白かった。一番のオススメはミシマ社の三島邦弘の章かな。

本を愛する人、ものづくりに情熱を燃やす人なら、読んでおいて損はないと思う。

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