第2回日光ハイウェイマラソン大会雑記(2015年11月29日)

典型的な失速レース

典型的な失速レース

僕は楽観的な性格なんだなと、再認識した。

フルマラソンをだいたい3時間30分〜40分で走れるようになったし、
ウルトラマラソンで100キロ完走も果たすことができた。
今年12月はトレイルランニングにも挑戦しようという意気込みだ。

そんな中で、
「お前はまだ、マラソンの大変さを知らない」と宣告されてしまった。
第2回日光ハイウェイマラソン大会は、そんな自分の甘さを指摘してくれたかのようなレースだったように思う。

第2回日光ハイウェイマラソン大会は、
その名の通り、日光宇都宮道路(有料道路)を封鎖し、ランナーのために1日解放してくれる大会だ。普段走れないところを走れるレア感は、ランナーをその気にさせよう。
また紅葉のピークは少し過ぎてしまったものの、男体山、女峰山を始めとする日光連山が綺麗に冠雪している光景は素晴らしかったし、地元・栃木県で走れる喜びは何にも代えがたかった。

練習不足はあったものの、ハーフの時点では「1時間59分台」だったので、まあ4時間前後でまとめられるかなと思ったのが、甘かった。

コースを見て欲しい。

高低差 約400メートル

高低差 約400メートル

スタートから折り返しの大沢ICまでは殆どが下り坂で、大沢ICからゴールまでは殆どが上り坂なのだ。
高低差は約400メートル。ただし400/20=1キロ当たり20メートルというのが計算上の数値。上り坂とは名ばかりで、感覚としてはずっと平地で行けるんじゃないかと踏んでいた。甘かった。

折り返しをして、走り始めた瞬間、
「こりゃ、いつもと違うわ」という状況に陥ってしまう。
足が差し込まれたように硬直し、一歩一歩が踏み出せなくなる。

それでも、最初のうちは1キロ6分をキープした。
それが5キロ毎に、1キロ7分となり、1キロ8分となり、1キロ10分となる。
記録が「4時間半〜5時間」の範囲のランナーが、一番辛いんじゃないかというのが僕の持論だ。
汗が乾いて体感温度が低くなる。給水のペースは掴めなくなる。そして常に「歩く」「歩かない」の判断が頭にちらついてしまう。1キロが途方もなく長く感じられ、どうしてもタイムに支障が出てしまう。

このレースでは、日光宇都宮道路の

・大沢IC
・土沢IC
・今市IC
・日光口PA
・日光IC
・清滝IC

という地点を通過していく。
キロ表示は5キロ毎にあるのだが、有料道路ゆえに、100メートルごとの表示が見える。
これが後半はなかなか縮まらず、身体と精神を蝕んでいった。

そして有料道路の最大の難点は、沿道に応援者がいないことだ。
何を甘ったれたことを言っているのだと叱られるかもしれない。

だけど、僕は沿道の皆さんの応援に支えられて走ってこれたんだということを再認識することになる。
「辛い」ときに「頑張れ」という声があることで、自分の限界を少しだけ伸ばしてくれる効果があるんだと思う。科学的なことは判らないけれど、背中を押してくれるというのは実感としても十分ある。

もちろん、ボランティアを買ってくれた地元の人々も、数百メートルおきに立ってくれて声を掛けてくれることもあった。これがなかったら、本当に途中で諦めていたかもしれない。

結果は、4時間56分という散々な結果だ。
殆どジョグで走った、真夏の第56回 六無月東京喜多(北)マラソンよりも遅い。
イメージとしては、今の妻に応援に来てもらった昨年11月の湘南国際マラソンのときのような失速具合だったと思う。

レースも幾つか予定している中で、
改めて自分に喝を入れないといけない。
仕事がいくら忙しくても、「走らないほど暇ではない」わけで、ここから気合を入れ直していきたいと思う。
フルマラソンはサブ3.5で、ウルトラマラソンは2年連続の完走を目指す。

実にシンプルじゃないか。

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