6月の雨

休日出勤で、しかも大阪出張。
おまけに体調がよろしくないと言う状態だったんだけど、僕は走ることに決めた。
僕にとって走ることは、日々のリズムを作ることと同じだ。特に夏場は水分を多く取るので、新陳代謝を促すためにも、しっかりと汗をかかなくてはいけないと思っている。それが疎かになると姿勢も悪くなるし、食欲も減退する。「ビールで乾杯!」も素敵だけれど、地道に走っておくことも悪くない。

別に格好つけるわけじゃない。
聖人君子よろしく、「さあ、みんな走ろうじゃないか」と宣誓したいわけでもない。
僕にとっての事実を、なるべく歪曲しないよう努めて語るとすれば、こういうことが言いたいんじゃないかとキーボードを打ちながら感じる次第だ。

走る上で絶好な環境と、そうでない環境があるとしたら、今宵は残念ながら後者だったと思う。
走り始めて200メートルも経たないうちに、弱い雨が降り始めたのだ。今日は半袖Tシャツに短パン、防寒防雨とは言い難い格好である。

どうしたものか、引き返そうか。
こんな場合、たいてい「ちょっとだけ粘ろう」と思い、実際に走り続けるのが常だ。
理由は単純で「もう走り出したのだから」というもの。ランナーとは面倒くさがり屋が多いと勝手に思っているんだけど、せっかくランニングウェアに身を包み、シューズの紐をキツく結んだとしたら、それはもう立派な達成であり、達成したからにはそれなりの余韻のままにゴールしたいと思うものでは無いだろうか。傘をさすほどでもないくらいの、弱い雨じゃないか。

ということで、この日も例に漏れず、走るのを止めなかった。
悪いことに、雨の量はどんどん増していった。たかだか40分ほどのランの予定だったのに、後半になるとウェアに水が染み込むようになってしまっている。記録用に短パンに忍ばせたiPodが心配になる。水没しないだろうか。

有難いことに、この日の僕は、尻上がりに走るのが楽しくなっていった。
最初の2キロくらいは膝に違和感があるだ、背中が張っているだ身体の故障を嘆いたものだが、それらのダルさは早々に出払われてしまって、雨を浴びることが快感になっていったのだ。

6月の雨は、打たれても痛くなかった。
汗と雨が混ざり、僕の身体を心地良く撫でていく。
腕で額の汗を拭うと、冷たいタオルで触られるような快感があった。
最後の1キロは、もう普通に雨だった。傘を持っていなかったとしたら、コンビニで買わなくちゃいけないくらいの雨だ。
それでも僕は、もちろんコンビニには寄らず、歩道をただ闊走する楽しさに酔いしれていた(シラフである)。

両腕を天に向けて、まるで全世界を支配したかのような気分で、僕は6月の雨に打たれた。
誰に示すわけでもなく、僕はただ、単純に雨に打たれて気持ち良くて、時が許せばこのままずっと走っていたい気持ちになった。

明日から、また新しい1週間が始まる。
時々、仕事をしていても、まるで苦しくなく時をやり過ごせるときが来る。
そこまでは求めない。ただ健やかに、全身にできてしまった湿疹が早く治れば良いなと願うだけです。