いちはらアート×ミックス2017に行ってきた

市原の菜の花

以前、「いちはらアート×ミックス」関連の記事を書いたことがあるため(全体編作品編)、今回は簡単に。

前回は2014年に開催されたいちはらアート×ミックスが、3年ぶりに市原市に戻ってきた。
日帰りだったので多くの箇所を周遊できなかったけれど、作品は佳作揃いで非常に刺激的だった。時期も良く、菜の花が一面に広がり、桜もまだ咲いているタイミング。
何度も訪ねている市原の里山風景だけど、最も華やいだ時期の1つと言えると思う。

小湊鐵道さんが企画している「トロッコ列車」にも乗ることができた。
人気の窓なし車両のチケットが予約できたのだが、風がふわりと車内に入ってくるので、身体も心も開放的な気分になる。

写真を幾つか貼りますが、春の市原は素晴らしいです。
「晴れたら市原、行こう」というキャッチフレーズがある通り、ぜひ会期中に市原に足を運んでみてください。きっとお気に入りの場所が見つかるはずです。

トロッコ列車の車窓から

森ラジオ ステーション、木村崇人さんの作品

内田未来楽校、キジマ真紀さんの作品

IAAES、渡辺泰子さんの作品

「これぞ暁斎!〜This is Kyosai!〜」企画展に行ってきた

暁斎@Bunkamuraミュージアム

その画家の名前は、河鍋暁斎と言う。
日本画に浅学な僕にとって、暁斎はあまり馴染みのない画家だった。
最近日本画に興味を持ったことをきっかけに、Bunkamuraミュージアムで開催されている企画展を観に行くことにした。

なお今回の企画展は、イギリス在住の収集家であるイスラエル・ゴールドマン氏のコレクションにて構成されている。ウェブサイトはこちら

まずは暁斎のこと。
・江戸時代末期〜明治時代にかけて活躍した画家である
・幼い頃から絵を描き、師匠には歌川国芳がいる
・絵を描く姿勢や、絵画への探究心から「画鬼」とも称された
・当時から海外でも高い評価を得、様々な画家との交流があった
・動物画、春画、宗教画など多彩なモチーフを扱うことができる

ざっと箇条書きにしてしまったが、その画力の確かさは、展示されている絵を一目見ただけでも判るだろう。細部まで描かれた繊細な絵は唸る他ない。「月下猛虎図」は本物の虎を見るようだったし、ポスターにも描かれた「地獄大夫と一休」の着物の艶やかさと鮮烈さの集合は見事である。

その中でも僕が挙げたいのは、「第1章:万国飛:世界を飛び回った鴉たち」というテーマで紹介された14の鴉の絵である。暁斎は鴉をモチーフとして描き続けて腕を上げたそう。本墨画にて描かれた鴉のシンプルな佇まいは、長谷川等伯のそれに近い厳かがある。簡単そうに見えるが、当然のことながら、この厳かさを表現するには長い年月が必要だったはずだ。

僕が気持ち良いと感じるのは、暁斎の「自由」な作風である。

彼はたくさんの表現技法を学んだだけでなく、それらをタブーや制限だと捉えず、自分の好奇心のままに描くことができた人ではないだろうか。
暁斎ほどの腕ならば「政治への風刺は描かない」「外国人(黒船襲来)のことは描かない」「ステータスが落ちるかもしれない春画は描かない」など決めることもできたはずだ。むしろ「自分のテーマを1つに定めない」ことをルールとして決めていたんじゃないかと僕は想像する。

動物画や妖怪画は、眼や表情がどことなく人間っぽい面白さがある。
単純に擬人化しているだけではなく、人間のだらしなさとか、嫉妬とか、傍目からは滑稽に見えるものを描くところに暁斎の人間性を感じる。語弊があるかもしれないけれど、彼の妖怪画は、現代の日本人に愛されているポケモンみたいな可愛さがある。

語弊続きで恐縮だが、暁斎が墨で描く作品は、井上雄彦のバガボンドの力強さと共通するとも感じた。特に人間に対しての愛情/こだわりを感じる。「面白がって」描いているなあと、どちらの作家にも感じることができて、思わず頬が緩んだ。

たくさんのコレクションの中で、僕が最も惹かれた絵画は「祈る女と鴉」だ。
その絵は宗教画が多く展示されていた「第6章:祈る−仏と神仙、先人への尊祟」の最後にあった。縁側にいる遊女は手を合わせて祈り、その様子を鴉が見ているという構図。鴉は黒みが薄く、どちらかというと幻のように見える。構図と比較するに鴉の身体は大きすぎる。そして同じ空間にいるというよりは、とても高いところに鴉が存在しているような印象も受けた。

この絵が、何を示しているのかを考えさせられる。
もしかしたら暁斎は、神に擬えたのかもしれない。

他に展示されていた鴉と違い、「祈る女と鴉」における鴉の眼は優しく、遊女を見守っているようにも見えた。空間、時間も超越したところに鴉(あるいは神)はいて、何をするわけでもなく遊女を見守っている。

祈りと神との関係性は、本来そういうものなのかもしれないなと。

英語タイトルは「Woman praying before a crow」とあるが、「Woman praying on a crow」とした方がひょっとしたら良いのかもしれない。そんなことも考えた。

この絵がいつ描かれたのか正確には判らないようだ。(図録には1871年〜1889年と書かれている)
河鍋暁斎の死は1889年、59歳のとき。当時の平均寿命は40代というから、まあ長命だったと言えなくもない。もし「祈る女と鴉」が晩年に描かれたものだとしたら、暁斎の死生観が反映されているとも言えるだろう。そこはあくまで、観る者の感性/判断に委ねられているのだけど。

Q:なぜあえて暁斎を集めるのですか?
A:暁斎は楽しいからですよ!

ゴールドマン氏はこのように答えたという。僕もその言葉に共感する。暁斎の絵画は多彩でトリッキーなところに注目されがちだが、繊細で畏敬を示唆するような表現にも長けている。これぞ暁斎であり、それらをひっくるめて、“楽しい!”ということなのだ。

会期は2017年4月16日まで。
閉幕まで時間は僅かだけれど、機会があればぜひ足を運んでいただきたい。

暁斎の図録も買いました。最高!

「バチェラー・ジャパン」が面白すぎて、春

ネタバレはありませんので、ご安心ください。

毎週金曜日にAmazonプライムビデオで配信されている「バチェラー・ジャパン」。
1人の男性(以下「バチェラー」…独身者という意味)が、25人の女性の中から1人を選ぶという恋愛バラエティ番組。各話の最後にローズセレモニーというイベントが開催され、バラを受け取らなかった女性はバチェラーのもとを去るという仕組みだ。

詳しくはAmazonの特集ページをご覧ください。

もともとは2002年にアメリカで放送されていたという「The Bachelor」。
現在では全世界30か国でエピソードが製作されているとのことだが、2017年に日本でも初めて番組が「輸入」されたことになる。参加男性も参加女性も、もちろん視聴者である我々も初めてのこと。勝手がイマイチ掴めないこともあり、僕もかなりドキドキして番組を楽しんでいる。(控え目な言い方でした。どハマりしています!)

冒頭でも書いた通り、極力ネタバレは書かないようにしたい。
Twitterで「バチェラー」と検索すれば、だいたいの流れが判ってしまうけれど、これから番組を観る方は何もチェックせず最初のエピソードから楽しんで欲しい。

番組のコンセプトだけを読むと、「あいのり」「テラスハウス」などの番組を想像されると思う。
そのイメージは間違っていないと思うけれど、僕はけっこう「バトルロワイヤル」に近い感じがしている。

もちろん違いはある。
バトルロワイヤルは殺し合いだし、バチェラー・ジャパンは恋愛模様がテーマだ。

共通点は「Dead or Alive」であることだ。その決まり方は違うけれど、
バトルロワイヤルは生徒同士の殺傷により、生命の有無が決まる。
バチェラー・ジャパンはバチェラーの選択により、参加継続の権利が決まる。バチェラー・ジャパンにおける最終的な生存とは、すなわちバチェラーの花嫁候補になることを意味する。

女性は生存するために、ありとあらゆる手段でバチェラーの気を惹かなければならない。
女性同士の嫉妬/駆け引きに勝ち、また選ばれるかどうかの不安にも耐えなければならない。(しかも段階的に女性はふるい落とされていく)
これは男性と女性の恋愛模様を描いているのだけど、全くフェアじゃない。
男性であるバチェラーは、25人の女性から選択する権利を最後まで持っているからだ。

フェアじゃないからこそ、不思議な面白さがある。

「友達を作りに来ているわけではない」
「いつも(バチェラーのことを)見てるから、見てるから、ちゃんと私を見てて欲しい」
「私が一番良い女だと思ってる」
「(「大事にしているのは?」という質問に)自分の感情、自分の意思」
「(嫉妬や愛情が入り混じり)自分の感情がいまいち分からない」
「楽しそうにデートから帰ってきたから、能天気野郎だと思ってます」

女性たちは自分の感情を正直に話している。
また画面を通じて、彼女たちが本気でこの「バトルロワイヤル」に臨んでいることも判る。
何話も観続けていると、推しメンのような女性が出てくるのも不思議で、「あの女性は落ちて欲しくない!」という風に感情移入してしまうのだ。

人は、何を基準に恋愛しているのだろう。
25人の女性は様々で、例えば、

  • 自分に自信がある女性
  • 自分の感情を正直に伝えられない女性
  • 太陽みたいに周りを明るくしてくれる女性(ギャル)
  • 料理が上手だけど嘘をつきがちな女性
  • バチェラーに対して気持ちを真っ直ぐ伝えることができる女性
  • 癒し系でほっこりする早稲田大学出身な女性
  • .
    .
    容姿、性格、特技、価値観、バチェラーへの気持ちなど、色々な観点があると思うわけだけど(それも人それぞれ)。ドラゴンクエストみたいな戦闘力チャートで示したときにバランスが良い女性か、1つだけ思い切り特化している女性かもあるし。

    僕の好みとは違うけれど、僕のバチェラー・ジャパンにおける、推しメンは後者のタイプの女性です。誰が選ばれるんだろうと、まだ3話を残しつつも楽しみで仕方ありません。
    ローズセレモニー前の、バラを受け取れるか不安な女性の表情も、また、たまらんのです。ただの変態っぽい感じになりましたが、特にエピソード8と、エピソード9は涙なしでは観られなかったです。

    「人生はドラマだ」
    それは長期的な視点に立ったから言える言葉であって、毎日、周りにいる人たちとの関係性においてドラマチックが表出しているとは限らない。

    非日常であり、不条理なルールのもとだからこそ、人間の本質/本心が露出されてしまうことがあると思うし、特にこの番組では、心が痛むほどに女性たちの生き様が垣間見えるような気がしてならない。

    最新話では、「5人→4人」に絞られ、いよいよ物語は最終章へと進んでいく。
    バチェラー・ジャパンから目が離せない。

    Twitterで「バチェラー」と検索すると、こんな感じの感想が。笑

    海外フェス「Clockenflap」に行ってきた

    Clockenflap #1

    2016年11月のイベントですが、
    備忘録も兼ねてブログに残したいと思います☆

    日本と海外、
    同じことをしたとしても全く違うことをしているような感覚になるのは何故だろう。
    地下鉄に乗る、店に入ってご飯を食べる、Google Mapで目的地を調べる、ベッドに入って目を閉じる…。
    それは言語の違いだけではないと思う。知らない土地に来た喜びや不安や好奇心が、そんな気持ちにさせてくれるのかもしれない。

    音楽もそう。
    知らない土地で聴く音楽は、全然違っていた。
    北京オリンピックを観るために、一人で北京に10日間滞在したとき、僕にとって何でもない音楽だったCSSは親密に僕の耳に触れていてくれた。

    また、20代前半に色々な種類のライヴを観てきた僕だけど、学生時代にスコットランド(演:JET)とイングランド(演:The Rifles)で観たライヴは全く趣きが異なっていた。
    繰り返すようだけど、場所が違うだけで、基本的には日本と同じことをしているに過ぎない。
    入場したらビールを飲み、ビートに合わせて身体を揺らし、favoriteの曲が鳴ったらテンションが上がる。隣の観客とコミュニケーションすることは稀だけど、時々目が合って「これ良いよな」というような合図を送り合う。(それが可愛い女の子だったら最高だ)

    ライヴハウスも、別に日本と変わりはしなかった。
    だけど、あのとき聴いたThe Riflesの「Local Boy」は本当に楽しかった。
    地元の少年たちのように、ビールもたくさん飲んで、その帰路は多幸感でいっぱいだったのを覚えている。

    さて、本題は昨年11月に行ってきた香港の音楽フェス「Clockenflap」についてだ。
    僕にとって初めて参加する海外フェスだった。休みも無事取れたので、1泊2日の弾丸旅行を敢行した。本エントリでは、ライヴの感想に加えて、それ以外の周辺情報についても紹介する。海外のイベントに対する敷居が、それほど高くないことを実感いただければと思う。

    3日間のイベントだったが、日曜日に予定があったため1日券のみを購入。
    兼ねてから観たかったSigur Rosが出演するし、何より「これを逃すと海外フェスは一生行けないかもしれない」という危機感があった。できれば欧米圏の海外フェスに行きたかったが、こんな手近で行なわれる海外フェスは貴重だし、沢木耕太郎『深夜特急』のファンとしては香港という街そのものも魅力に感じていた。

    「フジロックよりも安い」
    元同僚の方の言葉だけど、2万2千円の航空券(LCC)と8,500円の1日券チケット代を含めても4万円ちょっとで滞在することができた。車を運転したりする労力は全く発生しないので(イベントが行なわれた場所も「Central Harbourfront(中環海濱活動空間)」という街のど真ん中)、出費以上にお得感/手近感がある。

    「なんでもある/とにかく便利」
    都市圏でのフェスということで、Wi-Fiさえ繋がれば、全てのアクティビティは大幅にズレることなく進行していく。
    香港エクスプレス(LCC)は事前のオンラインチェックイン機能が便利で、搭乗までの流れが国内線並みに円滑に行なうことができた。しかも羽田発。
    香港に着けば、交通網は非常に安定感がある。遅延なく僕はバスとメトロを乗り継いで宿まで辿り着くことができた。また、オクトパスというSuicaみたいな電子カードを購入しておけば、大抵の移動や買い物がタッチ一本で行なうことができる。香港を訪ねたら、最初だけ面倒だけども窓口で購入しておいた方が良いだろう。
    Clockenflapの予約〜入場までの仕組みも電子化されている。チケットはメールに添付されたコードを読み込んで完了。「チケットが正しく発券されるのか?」みたいな不安も多少あったが何の問題もなかった。というか日本ではまだまだチケット自宅に忘れちゃう問題がある。この仕組みを採用すれば、チケットを持参するということ自体が発生しないので、個人的にはすごく良いなと思った次第です。

    「宿泊はAirbnbにて」
    九龍の市街地はけっこうカオスで、綺麗なところもあればそうでないところもある。週末という点や、香港にとってはベストシーズンということもあり普通のホテルを取ろうとすると高額になった可能性がある。
    そんな中で6,000円台のワンルームが予約できたのは有り難かった。むちゃくちゃ綺麗というわけじゃないけれど、コスパは抜群。男の一人旅なら全く問題なしという感じだ。

    さて、初めての海外フェスはどうだったか。

    音楽以外にもアートの会場があるなど、総合的なエンターテイメントを志向しているけれど、やっぱり観客は音楽に期待していた。
    それでも僕は、空いた時間にSilent Discoを楽しんだり、香港の夜景が見える場所で独りごちていたり、ちゃっかりスタッフの方に写真を撮ってもらったりと結構楽しんでいた。

    タイムテーブルを見ると判るが、Clockenflapは複数ステージに分かれており、ほぼ同じ時間帯にライヴが行なわれるという体裁を取っている。つまり複数ステージで観たいアーティストが被ってしまった場合、「どちらかを諦める」か「前後半で分けて観る」という風にしなければならない。たぶん嗜好に合わせてステージ分けされていたと思うが、ジャンルレスで音楽を楽しみたい人間にとっては選択が難しい。

    Clockenflapは洋楽が中心だけど、地元の香港出身のアーティストもちょこちょこ出演する。また日本枠なるものも存在し、今年は最終日にSEKAI NO OWARIが出演した。

    僕は良い意味で、だらだらと贅沢に時間を過ごした。
    アートを観たり、Silent Discoのステージを観たり、のんびりと香港の夜景を楽しんだり。
    実は残念ながら、一番観たいと思っていたSigur Rosのステージに、がっつりとハマることができなかった。

    どうしてかは判らない。
    残響感というか、ファルセットなヨンシーの声があんまり刺さらなかった。生意気かもしれないけれど音質のせいかもしれないし、イマイチ乗り切れていない(ように感じた)観客の中で前のめりなvibesを見出せなかったのかもしれない。サマソニ深夜で観たAnimal Collectiveと雰囲気的には同じなはずで、それはもう最高に興奮したので…。判らない。

    最終的にフィナーレを迎えたのは、2番目に大きなステージで行なわれていたGeorge Clinton & Parliament Funkadelicだった。ファンクでロックなステージは、朝霧JAMの大トリの大円団みたいな感じだった。繊細なSigur Rosとは真逆のような感じで、もちろんどちらが良いということはないんだけど、僕はこの場をもって2016年のClockenflapに幕を閉じた。

    まあ強いて言うならば、あまり分煙対応の意識が香港にはないのか、ぷかぷかとそこら中でタバコを吸っている人たちがいたことは今後の課題かもしれない。結構吸っている人たちの人数も多いので、「じっくりとステージを観る」タイプの人にとって、場所によっては眉を顰めることになるかもしれない。

    それ以外の時間も、僕は初めての香港を十分に楽しんだ。
    ザハ・ハディドの建築(香港理工大学のジョッキー・クラブ・イノベーション・タワー)を見に行ったり、香港の現地民が集う食堂で飯を食ってみたり。
    久しぶりに『地球の歩き方』を握りしめて、どこに何があるかを唸りながら考えるのも楽しいものだった。

    お金がかからないとは言え、一人で日本を離れることは早々できることではない。
    だけど海外での非日常体験というのは、間違いなく新鮮で楽しいもの。こういうドキドキは30歳を過ぎるとなかなか味わえるものではないので、今後も積極的に海外遠征を検討していければと思う。

    Clockenflap #2

    hong gong #1

    hong gong #2

    hong gong #3

    hong gong #4