「バチェラー・ジャパン」が面白すぎて、春

ネタバレはありませんので、ご安心ください。

毎週金曜日にAmazonプライムビデオで配信されている「バチェラー・ジャパン」。
1人の男性(以下「バチェラー」…独身者という意味)が、25人の女性の中から1人を選ぶという恋愛バラエティ番組。各話の最後にローズセレモニーというイベントが開催され、バラを受け取らなかった女性はバチェラーのもとを去るという仕組みだ。

詳しくはAmazonの特集ページをご覧ください。

もともとは2002年にアメリカで放送されていたという「The Bachelor」。
現在では全世界30か国でエピソードが製作されているとのことだが、2017年に日本でも初めて番組が「輸入」されたことになる。参加男性も参加女性も、もちろん視聴者である我々も初めてのこと。勝手がイマイチ掴めないこともあり、僕もかなりドキドキして番組を楽しんでいる。(控え目な言い方でした。どハマりしています!)

冒頭でも書いた通り、極力ネタバレは書かないようにしたい。
Twitterで「バチェラー」と検索すれば、だいたいの流れが判ってしまうけれど、これから番組を観る方は何もチェックせず最初のエピソードから楽しんで欲しい。

番組のコンセプトだけを読むと、「あいのり」「テラスハウス」などの番組を想像されると思う。
そのイメージは間違っていないと思うけれど、僕はけっこう「バトルロワイヤル」に近い感じがしている。

もちろん違いはある。
バトルロワイヤルは殺し合いだし、バチェラー・ジャパンは恋愛模様がテーマだ。

共通点は「Dead or Alive」であることだ。その決まり方は違うけれど、
バトルロワイヤルは生徒同士の殺傷により、生命の有無が決まる。
バチェラー・ジャパンはバチェラーの選択により、参加継続の権利が決まる。バチェラー・ジャパンにおける最終的な生存とは、すなわちバチェラーの花嫁候補になることを意味する。

女性は生存するために、ありとあらゆる手段でバチェラーの気を惹かなければならない。
女性同士の嫉妬/駆け引きに勝ち、また選ばれるかどうかの不安にも耐えなければならない。(しかも段階的に女性はふるい落とされていく)
これは男性と女性の恋愛模様を描いているのだけど、全くフェアじゃない。
男性であるバチェラーは、25人の女性から選択する権利を最後まで持っているからだ。

フェアじゃないからこそ、不思議な面白さがある。

「友達を作りに来ているわけではない」
「いつも(バチェラーのことを)見てるから、見てるから、ちゃんと私を見てて欲しい」
「私が一番良い女だと思ってる」
「(「大事にしているのは?」という質問に)自分の感情、自分の意思」
「(嫉妬や愛情が入り混じり)自分の感情がいまいち分からない」
「楽しそうにデートから帰ってきたから、能天気野郎だと思ってます」

女性たちは自分の感情を正直に話している。
また画面を通じて、彼女たちが本気でこの「バトルロワイヤル」に臨んでいることも判る。
何話も観続けていると、推しメンのような女性が出てくるのも不思議で、「あの女性は落ちて欲しくない!」という風に感情移入してしまうのだ。

人は、何を基準に恋愛しているのだろう。
25人の女性は様々で、例えば、

  • 自分に自信がある女性
  • 自分の感情を正直に伝えられない女性
  • 太陽みたいに周りを明るくしてくれる女性(ギャル)
  • 料理が上手だけど嘘をつきがちな女性
  • バチェラーに対して気持ちを真っ直ぐ伝えることができる女性
  • 癒し系でほっこりする早稲田大学出身な女性
  • .
    .
    容姿、性格、特技、価値観、バチェラーへの気持ちなど、色々な観点があると思うわけだけど(それも人それぞれ)。ドラゴンクエストみたいな戦闘力チャートで示したときにバランスが良い女性か、1つだけ思い切り特化している女性かもあるし。

    僕の好みとは違うけれど、僕のバチェラー・ジャパンにおける、推しメンは後者のタイプの女性です。誰が選ばれるんだろうと、まだ3話を残しつつも楽しみで仕方ありません。
    ローズセレモニー前の、バラを受け取れるか不安な女性の表情も、また、たまらんのです。ただの変態っぽい感じになりましたが、特にエピソード8と、エピソード9は涙なしでは観られなかったです。

    「人生はドラマだ」
    それは長期的な視点に立ったから言える言葉であって、毎日、周りにいる人たちとの関係性においてドラマチックが表出しているとは限らない。

    非日常であり、不条理なルールのもとだからこそ、人間の本質/本心が露出されてしまうことがあると思うし、特にこの番組では、心が痛むほどに女性たちの生き様が垣間見えるような気がしてならない。

    最新話では、「5人→4人」に絞られ、いよいよ物語は最終章へと進んでいく。
    バチェラー・ジャパンから目が離せない。

    Twitterで「バチェラー」と検索すると、こんな感じの感想が。笑

    海外フェス「Clockenflap」に行ってきた

    Clockenflap #1

    2016年11月のイベントですが、
    備忘録も兼ねてブログに残したいと思います☆

    日本と海外、
    同じことをしたとしても全く違うことをしているような感覚になるのは何故だろう。
    地下鉄に乗る、店に入ってご飯を食べる、Google Mapで目的地を調べる、ベッドに入って目を閉じる…。
    それは言語の違いだけではないと思う。知らない土地に来た喜びや不安や好奇心が、そんな気持ちにさせてくれるのかもしれない。

    音楽もそう。
    知らない土地で聴く音楽は、全然違っていた。
    北京オリンピックを観るために、一人で北京に10日間滞在したとき、僕にとって何でもない音楽だったCSSは親密に僕の耳に触れていてくれた。

    また、20代前半に色々な種類のライヴを観てきた僕だけど、学生時代にスコットランド(演:JET)とイングランド(演:The Rifles)で観たライヴは全く趣きが異なっていた。
    繰り返すようだけど、場所が違うだけで、基本的には日本と同じことをしているに過ぎない。
    入場したらビールを飲み、ビートに合わせて身体を揺らし、favoriteの曲が鳴ったらテンションが上がる。隣の観客とコミュニケーションすることは稀だけど、時々目が合って「これ良いよな」というような合図を送り合う。(それが可愛い女の子だったら最高だ)

    ライヴハウスも、別に日本と変わりはしなかった。
    だけど、あのとき聴いたThe Riflesの「Local Boy」は本当に楽しかった。
    地元の少年たちのように、ビールもたくさん飲んで、その帰路は多幸感でいっぱいだったのを覚えている。

    さて、本題は昨年11月に行ってきた香港の音楽フェス「Clockenflap」についてだ。
    僕にとって初めて参加する海外フェスだった。休みも無事取れたので、1泊2日の弾丸旅行を敢行した。本エントリでは、ライヴの感想に加えて、それ以外の周辺情報についても紹介する。海外のイベントに対する敷居が、それほど高くないことを実感いただければと思う。

    3日間のイベントだったが、日曜日に予定があったため1日券のみを購入。
    兼ねてから観たかったSigur Rosが出演するし、何より「これを逃すと海外フェスは一生行けないかもしれない」という危機感があった。できれば欧米圏の海外フェスに行きたかったが、こんな手近で行なわれる海外フェスは貴重だし、沢木耕太郎『深夜特急』のファンとしては香港という街そのものも魅力に感じていた。

    「フジロックよりも安い」
    元同僚の方の言葉だけど、2万2千円の航空券(LCC)と8,500円の1日券チケット代を含めても4万円ちょっとで滞在することができた。車を運転したりする労力は全く発生しないので(イベントが行なわれた場所も「Central Harbourfront(中環海濱活動空間)」という街のど真ん中)、出費以上にお得感/手近感がある。

    「なんでもある/とにかく便利」
    都市圏でのフェスということで、Wi-Fiさえ繋がれば、全てのアクティビティは大幅にズレることなく進行していく。
    香港エクスプレス(LCC)は事前のオンラインチェックイン機能が便利で、搭乗までの流れが国内線並みに円滑に行なうことができた。しかも羽田発。
    香港に着けば、交通網は非常に安定感がある。遅延なく僕はバスとメトロを乗り継いで宿まで辿り着くことができた。また、オクトパスというSuicaみたいな電子カードを購入しておけば、大抵の移動や買い物がタッチ一本で行なうことができる。香港を訪ねたら、最初だけ面倒だけども窓口で購入しておいた方が良いだろう。
    Clockenflapの予約〜入場までの仕組みも電子化されている。チケットはメールに添付されたコードを読み込んで完了。「チケットが正しく発券されるのか?」みたいな不安も多少あったが何の問題もなかった。というか日本ではまだまだチケット自宅に忘れちゃう問題がある。この仕組みを採用すれば、チケットを持参するということ自体が発生しないので、個人的にはすごく良いなと思った次第です。

    「宿泊はAirbnbにて」
    九龍の市街地はけっこうカオスで、綺麗なところもあればそうでないところもある。週末という点や、香港にとってはベストシーズンということもあり普通のホテルを取ろうとすると高額になった可能性がある。
    そんな中で6,000円台のワンルームが予約できたのは有り難かった。むちゃくちゃ綺麗というわけじゃないけれど、コスパは抜群。男の一人旅なら全く問題なしという感じだ。

    さて、初めての海外フェスはどうだったか。

    音楽以外にもアートの会場があるなど、総合的なエンターテイメントを志向しているけれど、やっぱり観客は音楽に期待していた。
    それでも僕は、空いた時間にSilent Discoを楽しんだり、香港の夜景が見える場所で独りごちていたり、ちゃっかりスタッフの方に写真を撮ってもらったりと結構楽しんでいた。

    タイムテーブルを見ると判るが、Clockenflapは複数ステージに分かれており、ほぼ同じ時間帯にライヴが行なわれるという体裁を取っている。つまり複数ステージで観たいアーティストが被ってしまった場合、「どちらかを諦める」か「前後半で分けて観る」という風にしなければならない。たぶん嗜好に合わせてステージ分けされていたと思うが、ジャンルレスで音楽を楽しみたい人間にとっては選択が難しい。

    Clockenflapは洋楽が中心だけど、地元の香港出身のアーティストもちょこちょこ出演する。また日本枠なるものも存在し、今年は最終日にSEKAI NO OWARIが出演した。

    僕は良い意味で、だらだらと贅沢に時間を過ごした。
    アートを観たり、Silent Discoのステージを観たり、のんびりと香港の夜景を楽しんだり。
    実は残念ながら、一番観たいと思っていたSigur Rosのステージに、がっつりとハマることができなかった。

    どうしてかは判らない。
    残響感というか、ファルセットなヨンシーの声があんまり刺さらなかった。生意気かもしれないけれど音質のせいかもしれないし、イマイチ乗り切れていない(ように感じた)観客の中で前のめりなvibesを見出せなかったのかもしれない。サマソニ深夜で観たAnimal Collectiveと雰囲気的には同じなはずで、それはもう最高に興奮したので…。判らない。

    最終的にフィナーレを迎えたのは、2番目に大きなステージで行なわれていたGeorge Clinton & Parliament Funkadelicだった。ファンクでロックなステージは、朝霧JAMの大トリの大円団みたいな感じだった。繊細なSigur Rosとは真逆のような感じで、もちろんどちらが良いということはないんだけど、僕はこの場をもって2016年のClockenflapに幕を閉じた。

    まあ強いて言うならば、あまり分煙対応の意識が香港にはないのか、ぷかぷかとそこら中でタバコを吸っている人たちがいたことは今後の課題かもしれない。結構吸っている人たちの人数も多いので、「じっくりとステージを観る」タイプの人にとって、場所によっては眉を顰めることになるかもしれない。

    それ以外の時間も、僕は初めての香港を十分に楽しんだ。
    ザハ・ハディドの建築(香港理工大学のジョッキー・クラブ・イノベーション・タワー)を見に行ったり、香港の現地民が集う食堂で飯を食ってみたり。
    久しぶりに『地球の歩き方』を握りしめて、どこに何があるかを唸りながら考えるのも楽しいものだった。

    お金がかからないとは言え、一人で日本を離れることは早々できることではない。
    だけど海外での非日常体験というのは、間違いなく新鮮で楽しいもの。こういうドキドキは30歳を過ぎるとなかなか味わえるものではないので、今後も積極的に海外遠征を検討していければと思う。

    Clockenflap #2

    hong gong #1

    hong gong #2

    hong gong #3

    hong gong #4

    若さゆえ:ラ・ラ・ランドとナビ派展

    僕には1つの仮説がある。
    どんな世界においても「若さ」がブレイクスルーを生み、時代を変えていると。

    2002年にArctic Monkeysがバンドを結成し、2005年にデビュー曲「I Bet You Look Good on the Dancefloor」が生まれた。このとき彼らは20歳前後だった。
    カート・コバーンもジム・モリソンもジミ・ヘンドリックスも志村正彦も20代で活躍し、同じ20代で短い生命を終えている。

    日本ハムファイターズの大谷翔平は18歳でプロ入りし、最初からピカピカに輝いていた。
    FCバルセロナのリオネル・メッシも17歳でデビューを果たし、その活躍は誰もが知るところにある。

    ミクシィもグリーもサイバーエージェントも2ちゃんねるも、
    フェイスブックもツイッターもグーグルも、
    寝食を忘れて若者たちが夢中になって作り上げ、結果として時代を変えた。

    もちろん若さが成果に結びつかなかった事例も、事実としてたくさんある。
    だが若さゆえの「何も知らない」が武器になり、前述のように、歴史に残るインパクトを多数残してきたのも事実だ。

    「認めたくないものだな。自分自身の若さゆえの過ちというものを」
    と言ったのは「機動戦士ガンダム」のシャア・アズナブル。あまりに広く認知されているが、劇中での設定年齢が20歳であったことも見逃せない。

    さて本題。
    先週、妻と一緒に映画「ラ・ラ・ランド」と、三菱一号館美術館の企画展「ナビ派展」を鑑賞した。
    結論から言うと、どちらもとても良かった。

    まずは「ラ・ラ・ランド」。
    僕はTVドラマ「Glee」の大ファンなので、ミュージカル作品に対するアレルギーはない。
    喜怒哀楽を表現するために用いられる歌とダンスが何といっても印象的だった。ポップなのにダサさがないのは、アメリカ文化への憧憬(≒白人コンプレックス)によるものだけではあるまい。
    冒頭に「Another Day of Sun」が流れ、そのままウキウキして作品にのめり込む。デイミアン・チャゼル監督を始めとするスタッフ陣の演出のセンス、セバスチャン(演:ライアン・ゴズリング)とミア(演:エマ・ストーン)の掛け合いのスピード感は楽しさしかなかった。

    劇中の登場人物は、人間的には欠落している部分もあるのだけれど、Gleeを観ていたときと同様に物語の中で自然に気持ちを寄せていくことができる。
    「それが物語っていうもんだろ?」と反論されるかもしれないが、ミュージカルという舞台装置が、観者の共感を加速させているのは間違いない。
    デイミアン・チャゼルの前作「セッション」でも感じたことだが、チャゼルは物語の整合性をそこまで丁寧に描くことはしない。あえて余白を残している。それはつまり、論理の飛躍や破綻をある程度のレベルであれば許容し、受け手のイマジネーションに解釈を預けているということだ。

    ラブ・ストーリーという枠組みに乗せ、徹底的に耽美に描かれたラ・ラ・ランド。
    「夢を追いかけている」「夢を追いかけたい」「夢を諦めてしまった」という普遍的なモチーフも重なり、多くの映画ファンを虜にしたことだろう。

    続いては「オルセーのナビ派展」。
    有楽町駅から徒歩5分くらい、ビル街を抜けて姿を見せた洋風な建物が三菱一号館美術館だ。(この美術館を訪ねるのは初めてだった)

    ナビ派とは何か。
    館内の紹介文を引用すると、19世紀末、新しい芸術の創造を目指し、自らを新たな美の「ナビ」(ヘブライ語で「預言者」)と称した若い画家たちのグループである。
    本展でも展示があった、ピエール・ボナール、エドゥアール・ヴュイヤール、モーリス・ドニ、フェリックス・ヴァロットン、アリスティード・マイヨールの面々が挙げられる。

    妻はもともと、モーリス・ドニが好きだったようで。色使いの独特さ、ドニならではの佇まいの潔さは僕の目にも普通ではないものとして映った。

    僕はナビ派というものをこれまで意識したことはなかったが、なるほど、過去の時代の流派の影響も受けつつ、絵画を再定義しようとする意欲をひしひしと感じることができる。
    僕はピエール・ボナールの作品をとりわけ気に入った。図録の表紙にも選定された「黄昏(クロッケーの試合)」は輪郭線を排し、塗りと模様の組み合わせだけで1つの達成を成し遂げたような作品だ。印象主義の絵画が情景に対するイマジネーションを掻き立てるのと対照的に、「黄昏(クロッケーの試合)」からは何も想像できない/想像させないような意図すら感じさせる。

    やや説明的になってしまった。
    僕が言いたいことを端的にまとめるなら、「デュフィは色彩が綺麗」「ロバート・ハインデルは踊り子の物語性を訴えかける」「ピカソはとにかく天才だ」みたいなことが言えるのに、ナビ派の作家たちに関しては、そういったことがなかなか難しい。好きな人は好きだけど…というように結論を留保しがちな難解さがあると言えなくもない気がする。

    否定的に聴こえてしまったら、僕の本意ではない。
    僕はたくさんの解釈を思索できるので、何時間でも絵の前に立っていられるような魅力を持っていると感じている。フェリックス・ヴァロットンの「髪を整える女性」のようにセンスしか感じないような作品もあり、とても楽しい時間を過ごすことができた。

    さて、冒頭の「若さ」についてである。
    ラ・ラ・ランドの監督であるデイミアン・チャゼルは32歳で、僕と全くの同じ年齢だ。
    そしてナビ派で上記した面々において、展示されている殆どの作品は作家が20代(30代前半)で描かれていたものが多かった。
    (なおラ・ラ・ランドの音楽を担当しているジャスティン・ハーウィッツも1985年生まれで、チャゼルと大学時代に知り合ったという同世代である)

    僕と同じ年齢、またそれよりも下の年齢のときに、これほどまでに才気溢れた作品を上梓できるというのは、どれだけの凄まじさなのだろうと、まずは感服してしまう。
    「僕」という何も実績のない人間と比較することに意味は乏しいのだけれど、同じ人間であるという共通項(それに伴う視点)で俯瞰したときに、ラ・ラ・ランドやナビ派にまつわる全ての事項のエネルギーはあまりに熱々しく迸っている。

    「映画に新たな観点を導入しよう」
    「既存の枠組みに対抗しよう/絵画の再定義に挑戦しよう」

    その意志は固く、頑なである。
    頑なでないなら、どうしてあれだけのパワーは産出できるだろう。
    冒頭に「若さ」について言及した自らの仮説に対して、僕は一層の納得を感じてしまうのだ。

    最後に(蛇足かもしれない)。

    ナビ派の代表格として知られた、件のピエール・ボナールだが、本展では展示されていた30歳を過ぎてからの作品に対して、僕はそれほど親密な気持ちを寄せることができなかった。(ちなみに図録の作家解説には1900年頃からは光に溢れる柔らかくも鮮やかな色彩表現を確立していく、とある)

    あくまで、僕個人の印象だが、ナビ派という括りの中で才気溢れた作家たちが、それぞれ新しいフェーズに向かう旅路において「何かを知る」ようになったのではないだろうか。きっとそれは、年齢と無縁ではいられなかったのだ。

    「若さ」という武器は、人生で何度も再来することのない得難いものである。
    僕はそう思うからこそ、ラ・ラ・ランドを完成させたデイミアン・チャゼルの達成を声高に祝したいのである。現在という時間軸において立ち会えたことを心から嬉しく思うのだ。

    ビクターロック祭り2017に行ってきた:竹原ピストルが物凄かった

    妻の友人に誘われ、今年もビクターロック祭りに行ってきた。
    ビクターに所属するアーティストが集い、幕張メッセを貸し切って行なわれるこのイベント。
    さしづめビクターの品評会という位置付けなのかもしれないが、アーティストの演奏は所属会社への誠意が込められていて、とても盛り上がる良いイベントだと思っている。

    やや体調不良もあって、Dragon Ash(15:30〜)から会場に足を運んだ。
    観たアーティストは、

    ・Dragon Ash…2曲だけ
    ・KREVA…1曲だけ
    ・never young beach…フルで観た
    ・レキシ…ほぼフルで観た
    ・竹原ピストル…フルで観た
    ・サカナクション…フルで観た

    という感じ。夜の本気ダンス、ADAM atも観たかったが、今回は見送った。

    さて、それぞれのレビューを書いてしまうと無尽蔵な長さになってしまう。
    なので本エントリでは、物凄かった竹原ピストルのことを書こう。
    住友生命のTVCMの影響で「よー、そこの若いの」が広く聴かれることになったが、もともとは野狐禅というバンドを組んでおり、HEY!HEY!HEY!やトップランナーにも出演していたことがある(野狐禅は2009年に解散してしまったようだ)。

    アコースティックギターによる弾き語り。
    歌を歌い、歌唱の最後に曲名を言い、時々少しだけ喋る。
    派手な照明など演出があるわけでもない。たった独りだけステージに立つ。至ってシンプルだ。
    (ヘッドライナーのサカナクションとは真逆と言っていい)

    なのに、あるいは、だからこそ。
    彼の土臭い歌唱とシンプルな言葉は、僕の胸を何度も打った。

    君だけの汗のかき方で、君だけの汗をかいたらいいさ(よー、そこの若いの」)
    薬づけでも生きろ(「LIVE IN 和歌山」)
    あの頃の君にあって、今の君にないものなんてないさ(「Forever Young」)

    「俺のアディダス〜人としての志〜」も良かった。とにかく素晴らしかった。

    何を歌うか、ではなく、誰が歌うか。
    竹原ピストルがこれまで経験してきたことが、30分という短い時間の中に凝縮されている。口角泡を飛ばすように激しく言葉を連ねるときもあれば、穏やかに強く歌い上げることもある。

    乱暴な言い方をすれば、僕は彼が送ってきた人生とはまるで違っている。
    若くしてメジャーデビューを経験するが、バンド解散後はインディーズで年間300本近くのライヴをこなしたそうだ(「それしか自身をプロモーションする手段がなかった」と彼はインタビューで語っている)。大変な紆余曲折だったと思う。苦難の時代と言ってもいいのではないだろうか。

    そして最後は詩の朗読。「のろし」という自作の詩を読む。

    アンダーグラウンドから狼煙をあげる
    アンダーグラウンドから狼煙をあげる
    アンダーグラウンドから狼煙をあげる
    アンダーグラウンドから狼煙をあげる
    アンダーグラウンドからのし上がる

    この言葉を、堂々と言える竹原ピストルというアーティストの価値よ。
    物凄い存在感の竹原ピストルは、レキシやサカナクションなどの派手でピースフルなステージとは対照的に、だけど圧倒的に観ていた人々の心を掴んだはずだ。心に、まるで楔のようなものを打ち付けたんだと思う。

    ちなみに彼は、日本アカデミー賞で優秀助演賞を獲得した。
    西川美和が監督を務める「永い言い訳」という作品だ。僕はまだ観ていないが、竹原ピストルという人間そのものに興味を持ったので、俳優としての姿も観てみたいと思う。すごい人間だ。敬意しかない。

    10年前のことを思い出した

    walk_in_scotland

    東日本大震災から6年が経った。
    その日、僕は都営バスに揺られながらその瞬間を迎えた。えも言われぬ虚無感が、一瞬だけ僕の身体を過ぎったのは気のせいだっただろうか。

    と同時に、社会人として丸10年を過ごそうとしていることに気付く。
    2007年4月に入社し、途中で起業しようと試みた期間もあり、正確には社会人を丸10年こなしてはいない。ただまあ、「10年」という区切りを今月末で打っても差し支えなかろう。

    色々なことがあった。
    良いこともあったし悪いこともあった。想定外の事件があった。いくら提案しても動かない現場があった。半信半疑で進めたディレクションがヒットしたこともあった。お世辞にも、優秀なマーケッターとしては言い難い。
    外部の視点。僕の活動に関する評価。加点されることもあれば、減点されることもあった。僕はだいたいにおいて評価というものを気にしていなかった。伸び伸びと動くことを許してもらっていたことが多かったから。(「評価」というものが無意味だと言っているわけではないし、「評価」を全く無視して働いてきたわけではありませんので。悪しからず)。

    10年があっという間な気もするし、積み上げてきたなという気もする。
    いずれにせよ、3月は、この10年間をゆっくりと振り返ってみたいと思う。

    さて、2006年3月に僕は何をしていただろう。
    僕は学生最後のひとり旅を敢行すべく、スコットランドを訪ねていた(その後ロンドンに寄る)。合わせて10泊程度の短い旅だったけれど、冬の薄寒さが残る島国で、僕は毎日安いビールを飲みながらぷらぷら街を歩いていた。

    グラスゴーでは、セルティックFCのゲームを観に行った。
    当時スコティッシュ・プレミアシップで活躍していた中村俊輔を生で観るためだ。
    セルティック・パークは中央駅から約4km。英語に自信がなかった僕は、バスなどを使わず歩いてセルティック・パークまで向かった。繁華街からスタジアムに向かうにつれ、少しずつ郊外の色彩を帯びていく(つまり、ちょっと廃れたような建物が多くなる)。だがサッカー・ゲームのある日は、街中がお祭りになるようで、そこかしこのパブでファンがビールを飲んでいる。陽気に仲間と話している様子は、異国の地で珍しく羨ましさを覚えたものだ。

    無事に当日券を入手し、僕は試合を観戦することができた。
    試合前にセルティックの選手が続々とコールされていく。「SHUNSUKE NAKAMURA」の名前が呼ばれた途端、一番の歓声が上がる。僕は鳥肌が立った。日本人が、スコットランドという土地で認められているという揺るぎない証左。日本でテレビ越しに観ていては実感できない雰囲気だ。試合が始まってからも、彼の一挙手一投足には注目が集まり、良いプレーには惜しみない拍手が送られていた。

    10年経った今でも、そのときの感覚は忘れられない。
    「原点」と言うほどでもないけれど、人々が熱狂する瞬間を、自らの直接の感覚で味わうことができたのだ。

    「歩く」という感覚を、社会人になっても忘れたくない。
    その道を知っている・知っていないにも関わらず、
    歩いたならば、何気なく目にできる景色があるはず。
    歩いたならば、頬にあたる風から季節の移り変わりが分かるはず。
    歩いたならば、とても良い匂いのしてくる定食屋さんを発見できるかもしれない。
    僕は学生で、お金を節約するために、駅1コ分なら歩くことを心掛けている。
    社会人になったら、ある程度お金が手元に入るはずだ。だけど、その引き換えに多くの時間が失われてしまうかもしれない。
    だからこそ、僕は駅1コ分なら歩く感覚を大切にしようと思うのだ。

    10年前に書いた自分のブログを引用するのは恥ずかしいのだが、今もだいたい似たようなことを考えて生きている。

    「歩く」ということは、どういうことなのだろうか。
    あまりにフィジカルに依存しているし、大量処理を目指せないアナログな感じ。
    当たり前のようにタクシーに乗る人たちから見れば、「歩く」ことは非効率で徒労そのものなのだろう。

    それでも、今も僕は「駅1コ分なら歩く」という感覚は忘れたくない。
    あのとき、セルティック・パークまで歩かなかったら、僕はあれほどサッカーに熱狂しなかったと思うから。

    このブログは2012年12月から続けているので、今年で丸5年になる。
    その間、書けていないこともたくさんある。自分の中でぐつぐつと煮込まれている一方、間違いなく細部はぽろぽろと零れてしまっている。それらはどこへ消えていったのだろう。僕の元に却ってくるだろうか。

    時の流れとは速い。
    もはや2017年は「5分の1」が過ぎてしまったらしい。
    フルマラソンで言うと、「8.4km」くらいのところだ。プロであれば中盤に向けて周囲を牽制する頃だろうし、練習不足のアマチュアランナーであればレースの独特の疲れに不必要に押され始める頃だろう。

    【誰だって、レースの独特な疲れに、不必要に押され始めたくなんかない】

    10年前の記憶を遡り、そこで生じた雑感をつらつらまとめてみただけだが、結論はシンプルだ。
    やれることを、粛々とやっていくだけ。それに勝る処世術はない。