[#86]今こそ『SNOOZER』を振り返る その1(2011年8月号)

snoozer #86

snoozer #86

■基礎情報
表紙
・くるり

ヘッドライン
・CLUB SNOOZER SUMMER TOUR
・TYLER, THE CREATOR
・HOTEL MEXICO
・BRIAN ENO
・CSS
・UNIT 7TH ANNIVERSARY FEAT. WIRE
・THE SOLOIST
・RADIOHEAD
・PRIMAL SCREAM(後半に掲載)
・野田努が田中宗一郎に訊く、スヌーザーの14年(後半に掲載)

インタビュー(前半)
・James BLAKE(田中宗一郎)
・THE HORRORS(小林祥晴)
・Bon IVER(岡村詩野)
・Black LIP(小林祥晴、田中宗一郎)
・Wu LYF(小林祥晴)
・Washed OUT(小林祥晴)
・THE BAWDIES(田中宗一郎)
・ロックブッダ(田中宗一郎)
・The MIRRAZ(田中宗一郎)
・踊ってばかりの国(岡村詩野)
・Atari Teenage Riot(唐沢真佐子)
・Brother(田中宗一郎)
・Dagitalism(小林祥晴)
・Battles(田中宗一郎)
・Kaiser CHIEFS(小林祥晴)
・Turntable FILMS(田中宗一郎)
・くるり(田中宗一郎)

インタビュー(後半)
・the naked and famous(小林祥晴)
・das pop(田中亮太)
・miles kane(妹沢奈美)
・skeletons(小野島大)
・mona(小林祥晴)

RECORDING reviews
・andymori『革命』(田中亮太、岡村詩野、田中宗一郎)
・ウォッシュト・アウト『ウィズイン・アンド・ウィズアウト』(田中宗一郎、野田努)
・ザ・ホラーズ『スカイング』(坂本麻里子、野田努)
・CSS『ラ・リベラシオン』(田中宗一郎)
・ボン・イヴェール『ボン・イヴェール』(坂本麻里子)
・ブラック・リップス『アラビア・マウンテン』(田中亮太)
・マイ・モーニング・ジャケット『サーキタル』(坂本麻里子) etc…

その他
「野田努が田中宗一郎に訊く、スヌーザーの14年」は、あとがきである「すべてのブルーにこんがらがったベットルームのために」まで侵食して綴られている。

■SNOOZER#86を読んで…
プロダクトアウトか、マーケットインか
#86の基礎情報をざっと眺めるだけで、改めて雑誌というメディアの情報量の膨大さに気付く。
読者にとって一覧性という価値がある一方、全184ページのそれは決してユーザフレンドリではない。邦楽ファンは、くるりやTHE BAWDIESのインタビューを見て「終わり」になる可能性があるということだ。ロッキング・オンがTwitterアカウントを洋楽邦楽で分けたように、日本の音楽ファンの関心は二分している。

今の洋楽の現状は嘆かわしいとしか言いようがないですね。まず、聴く人が減っている。それはリスナーを導く「入り口」がなくなっているからです。かつては洋楽を専門に紹介するようなラジオメディアがあった。今はそんな番組はほとんどないし、ラジオのリスナー自体も減っている。洋楽に触れるチャンスがなければファンが増えるはずがない。
http://musicsommelier.jp/interview/interviewonuki.html

(以下安直だが)マーケティングの観点であれば、邦楽ファンに媚びるなら邦楽コンテンツを増やせば良いし、洋楽ファンに媚びるなら熱心な音楽ファンが聴くアーティストを取り上げれば良い。プロダクトアウトで「ものづくり」をする時代は終わった。マーケットインを徹底すれば売り上げが伸び、雑誌は休刊しなくて良い。良いこと尽くめではないか。

でも、田中宗一郎(以下:タナソウ)は、その道を選ばなかった。

野田努との対談で『SNOOZER』を創刊した理由と共に、断片的に理由を語っている。

(野田努の「大衆性みたいなところに不満を覚えてたじゃない。やっぱり細分化ってところでさ」の発言を受けて)『スヌーザー』が終わることと一番関係があるんだとすれば、そこだよね。俺は、雑誌っていうのはあくまで不特定多数の読者の持ちものであって、その帰属意識に訴えかけるものなんだと思ってた。でも、それって、前提として、ある種の大衆性が一夜にして生まれ得る可能性というのがひつようなわけじゃない。それが失われていく、分断化されていく時に、雑誌が読者の持ちものじゃなく、自分の持ちものになっていく。でも、単に一方通行的に自分のメッセージを投げかけるものになったら、それは『スヌーザー』でなはなくなってしまう。『君達が無意識下で待っていたのはレディオヘッドだよね?ストロークスだよね?』ってことをやるのが、『スヌーザー』の目的だと思ってたから。でさ、創刊号作ったわけよ。したら、1000枚近いハガキが来た。『待ってた!!!』っていう。

SNOOZERが復刊しない現状、the sign magazineを脈々と運営していることを鑑みると、雑誌という「メディア」は諦めるが、タナソウを始め編集部の「意思」が決して廃れていないことを感じる。

 
SNOOZERの「意思」とは?
野田努とのインタビューには、その答えとなりそうな事柄が書かれている。
敢えて遠回りに、その「意思」のかけらを探そうと思う。

SNOOZER#86では、インタビュアーがこのような問いをアーティストに投げ掛ける。

あなたにとってこのアルバムは、一番何をリプリゼントしていると思いますか?
「ホラーズというバンドにとっての、大きなステップをリプリゼントしていると思うんだ。(中略)本当に、いろんな可能性のドアが開かれたんだ。それに、僕らは他のバンドがやろうとしないことがやれるバンドなんだ、っていう強いメッセージを伝えるレコードだとも思う。
(interview with SPIDER WEBB from The Horrors)

このアルバムであなたは何をオファーしようとしているのでしょうか?
「アメリカ音楽の財産について語るのは、興味深いね。今は変な時代だと思うんだ。60年代を振り返ると、ローリング・ストーンがいて、ビートルズがいて……ま、どっちもイギリスのバンドだけど(笑)。とにかく、ああいった音楽ムーヴメントがあったわけだよね。でも今の音楽の流れを見ると、もうあんなインパクトを一つのものが与えられるとは思えなくて。(中略)今は、『コミュニティの強さが自分の強さであり、同時に人は、そのコミュニティの中で強い個人でなければならない』ってことを理解するべき時代なんじゃないかな。僕が音楽で表現したいのはそこなんだ」
(interview with Bon Iver)

あなたから見て、理想のポップ・ソングとは?理想のポップ・ソングにはどんな要素が必要だと思いますか?
「かなり難しい質問ね。素晴らしいポップ・ソングがたくさんありすぎるし、それを構成する要素も数え切れないほどあるから、1曲には絞れないな。聴いた途端に感情が伝わってくるもの、普遍的な感情に語りかけてくるものじゃないかな。私は聴いてて、どこか懐かしくなるような音楽が好きなんだけど(中略)」
(interview with ALISA XAYALITH from the naked and famous)

アーティストに対して、「(曲やバンドが)リプリゼントしているのは何か」、「ポップソングとは何か」、「(聴衆に)オファーしたいことは?」と問う意味は何だろうか。
Bon Iverのインタビューでは、60年代のムーヴメントの言及があった。作品を時代毎の「点」として表現するのでなく、過去から現在にかけて「線」の中でポジショニングさせるという意図があるのではないかと思う。

くるりとのインタビューで、フロントマンの岸田繁は、新メンバーの吉田省念(2013年4月まで在籍)の印象を次のように話している。

「『90年代のものって聴いてないやろ』って。そしたら、まったく聴いてない。通ってない。世代は近いのに。オアシスの何が素晴らしかったか、っていうことを、俺は力説して。それはビートルズとか、ローリング・ストーンズとか、フーとか、その辺の人達が歪まへんギターで、なんとかコーラスを積んだりとか、ベースの人がメロディっぽいことを弾いたりとか、いろいろやって、(中略)俺らは聴いたから、そういうもんやと思って、爆音 で”虹”とかやってる。『だから貸すよ、90年代の』って」

 
参照マニアのタナソウ
投稿プラットフォームサービス・note「くるりの一回転」(タナソウが執筆)の第4段落でも「積極的に過去の音楽を参照しようとするアティチュード」が語られている。

椎名林檎、aikoなど、いわゆるJ-POPのアーティストも挙げている。椎名林檎は60~70年代の歌謡曲+40年代のスウィング・ジャズ/ジャズ・ヴォーカルを、aikoはキャロル・キングを。aikoの音楽ファンでさえ、どれくらいキャロル・キングの影響を感じているだろうか。

そう、SNOOZERでは、アーティストのインタビュー内に、頻繁に過去の音楽のことが言及されている。
これはどの雑誌にも共通することではない。複数のインタビュアーが意図的に行なったことだと推察されるし、つまりSNOOZERの編集意図なわけだ。

冒頭のプロダクトアウトかマーケットインか、という話に戻る。
「この音楽は参照が多いんだ、素晴らしい、お金を出してCDを買ってみよう」というストーリーが描かれることはないだろう。マーケティング戦略として成立しないことを意味する。

 
タナソウは嘘つきか
アンサー:タナソウは嘘つきだ。
#86でもたびたび記述のある「メディアガイド」について。3年以上経った今でも、1冊たりとも発売されていない。タナソウのTwitterなどで本件に関する言及はあったかもしれない(『リトルモア』のウェブサイトには特に言及はない)。僕は待っていたし、そういう元読者は多いだろう。

僕の記憶だと、タナソウは過去にも大風呂敷を広げたことが多かったように思う。
「もうクラクソンズしか愛せない」(#59)と言ったはずなのに、田中宗一郎の「生涯ベスト・ソング11」には含まれていない。それはおろか、SNOOZER発刊以降の音楽が1つも含まれていない。Radioheadの「Lift」は発表すらされていない。

ただ、そもそも「嘘」とは何だろうか。
「嘘」、「幻想」、「虚構」、「フィクション」など類義語がある。単体ではポジティヴにもネガティヴにも振り切らない。
タナソウの成否は保留する。そもそもタナソウの功罪を露わにする旅ではない。

 
3.11以降の音楽
視点を変えて。RECORDING reviewsにて、磯部涼が書いた中川敬「街道筋の着地しないブルース」に3.11の言及があった。

3.11以後、歌が違って聞こえるようになったという人は多いと思う。筆者がそれをはっきりと認識したのは、3月15日に自分のオーガナイズで七尾旅人にライヴをやってもらった時だった。(中略)中川敬の弾き語りによるソロ・アルバムも同様である。石田正隆のライナーノーツによると、3.11以前に録音された曲が大半だというのに、今、聴くからには、どうしたって震災のイメージから逃れることは出来ない。

#86でSNOOZERは終わってしまったので、震災以降の音楽が語られるのはこの号限りである(2011年8月号だが、発売されたのは2011年6月18日)。くるりも社会的意義を考えたと苦悩していたし、タナソウは「音楽で社会は変えられない」と開き直っている。

何が言いたいかというと、音楽は社会と関連付けられている。
音楽をはじめとするクリエイティヴは人々の感情を揺らす。社会と切っても切れない関係にあることは、ある意味当然のことなのかもしれない。

SNOOZERの歴史を読み解くということは、1997年まで遡るということだ。9.11もリーマンショックも戦争もiPodにも関わりがある。もしかしたら神戸の震災や、地下鉄サリン事件にインパクトを受けたアーティストもいるかもしれない。これらの「事件」を改めて考えるきっかけになるだろう。

 
僕が再会した音楽
この振り返りを通じて、僕が再会した音楽をリスト化しようと思う。
「再会」と書いたが、初めて聴いた音楽も含んでいる(というか初めての音楽の方が多い)。

旅を通じて、たくさんの音楽に再会できますように。

Hotel Mexico「Dear Les Friends」

The Beatles「Tomorrow Never Knows」

Carole King「You’ve got a friend」

Radiohead「Lift」

■補足
バージョン
1.1

追記情報
・「SNOOZER#86を読んで…」にて大幅に加筆(下書きした内容がゴッソリ抜け落ちていました)

今こそ『SNOOZER』を振り返る(連載企画) 実施にあたって

Music Magazine, snoozer

Music Magazine, snoozer

2014年12月8日(日)。

一大決心、とは言い過ぎだけど、僕は「荷物」を少なくしようと決めた。
猥雑なほどに、僕はあまりに多くの荷物を持ち過ぎていた。

「誰だって重い荷物は好きじゃないさ。でも気がついたときは重い荷物だらけだ。それが人生だ。セラヴィ」
フィンランドのタクシー運転手に、楽しげに笑われてしまうくらいに。

僕の荷物の中で、大きな割合を占めているのが、書物、雑誌、CDだ。
いずれもデジタルデータに置き換えることができるもの。しかしながら、そのうち書物は、CDのようにデジタルデータとして簡単にコピーできない。「自炊」専用と言われるスキャンマシンが必要だ。いずれ技術が追いつけば、書物を容易にデジタルに変換できるかもしれない。捨てるのはそれからでも良いではないか。

だから僕は、まずCDを捨てた。
その後で、雑誌を捨てることに決めた。雑誌は基本的に「残す」ために作られたものではない。その時々で発生している旬の物事を編集しているもの。雑誌が好きだった僕にとって、些かの躊躇いはあったが、「荷物」は捨てないとmobilityが低くなる。

ブックオフに持ち込むことはしたくない。
「荷物」とは言え、とても大切にしていたものだ。それを売り飛ばすようなことはしたくない。
「荷物」だって、完全に処分されるよりは、売り飛ばされて誰かの元で活用された方が嬉しいかもしれない。でも、売り飛ばさない。顔の知れない第三者に、かつて僕の所有していた「荷物」は譲らない。一度そのような「手軽さ」「安直さ」を選択したならば、僕はそのサイクルから抜け出せなくなるだろう。

要らなくなった荷物は売り飛ばせ。
そんな考え方、在り方は間違っていると思う。

だいぶ御託を並べたが(御託を並べるのが僕の人生だ)、
僕は約40冊を占める、音楽雑誌『SNOOZER』を捨てることにした。2011年8月号で廃刊になった音楽雑誌。
かつて『ロッキング・オン』、『Remix』、『CROSSBEAT』などと並んで、音楽ファンに影響を与えた音楽雑誌。僕自身『SNOOZER』を読んで、興味を持ったバンドやアーティストがたくさんあった。熱心に音楽を聴いた僕の20代、『SNOOZER』は僕にとって欠かすことのできないパートナーだった。起点になっていた、女の子を紹介してくれる世話好きな友達みたいな存在として。

僕は音楽業界の人間ではない。
ただの素人の音楽ファンに過ぎない。アコースティック・ギターだって、ろくに弾けやしない。
でも、そんな素人の音楽ファンであっても、かつて音楽雑誌が役割を持っていたことを実感している。
「音楽を正しく批評し、価値を伝播し、リスナーに対して聴くべき音楽へ対価を払わせる」という、音楽雑誌が担うべきだった役割。音楽雑誌は媒体として、リスナーとアーティストを繋げる役割を担っていた。

今、「音楽を聴く」という行為は大きく変容したと思う。
具体的には、音楽を聴くことに対して対価を払うことに対して、様々な見解が生まれたということだ。
インターネット産業が成熟期に入り、デジタル環境の中で「ほぼ無料」で音楽を聴くことができるようになった。僕自身、しばらくの間、リッピング目的以外でコンパクトディスクに手を触れることはなくなっていた。デジタルデータに頼り、クラウドサービスの恩恵に預かり、結果として払うべき対価を惜しむようになった。最後にタワレコに行ったのはいつだろう。とっくに引き換え期限を過ぎたポイントカードは、そっとゴミ箱に捨てた。

聴き方だけではない。新しい音楽への出会い方も。
Amazonのレビューなど匿名コミュニティ内における評価や、身近な友人や家族からのレコメンドを僕らは参考にするようになった。マスメディアからのプロモーションを信頼しなくなった。温かくクローズドなコミュニティでストーリーが完結するようになった。僕たちは「何か」を求めて冒険することは減った。堅実になった。これらが一概に言えるとは思っていないけれど、この所感は60%くらいは正しいのではないだろうか。「出会う」ことがハプニングではなくなった。「出会う」ことは既成事実の中で行なわれ、その関係性も穏やかに前進していく。

僕だって、かつて生き甲斐だった音楽への出会いに対して、最近は目立ってパッシブになっている。
そこに時間を費やすことに対して、些か面倒な気持ちを抱くようになる。radiko流していて、「面白い音楽だな」と思っても、わざわざアーティスト名を確認することはしない。そしてiPodで繰り返し聴く音楽は、2000年代の音楽が殆どだ。

50歳になることなんて想像はつかないけれど、たぶん50歳になっても(2030年代だ)、僕は2000年代の音楽を聴き続けるのではないか。平穏無事な音楽ライフ。

僕は数年ぶりに『SNOOZER』を手に取った。

#86の最終号は3年前に発刊され、暫くの間、押入れのダンボールの中に閉じ込められていた。
表紙のくるりが(くるりの表紙が)、若干ザラついている。ちょうど彼らが2枚目のベストアルバムをリリースし、そして5人編成のロックバンドとして再始動を果たすタイミングで。『SNOOZER』の編集長である田中宗一郎(以下タナソウ)が愛したロックバンド、最終号の表紙に選ばれた理由が今なお褪せずに感じさせる。

僕は本当に久しぶりに、『SNOOZER』を“ちゃんと”読んだ。
紙に刻まれた一言一句が懐かしかった。アーティストとタナソウの双方が、茨の道を切り拓こうとする意欲が溢れている。時々、どちらがインタビュアーなのか分からなくなることもあった。
商業的に成功しているアーティストも、そうでないアーティストも雑誌でフィーチャーされている。だが、そこに断絶はない、共通項で括られる「何か」があった。

「俺は今まで『SNOOZER』の何を読んできたのだろう」
「俺は結局、『SNOOZER』から何を学んだのだろう」

メディアとレーベルが拵えた与太話ではない。僕と違う世界で生きる人々のお花畑でもない。
「何か」自分事にしなければならないような、そんな予感(仮説)が胸を過ぎった。「何か」答えがあるのではないか。

たくさんのバンドやアーティストが、『SNOOZER』廃刊後に、音楽の表舞台から姿を消した。
一時代を築いた「ブーム」なる現象も、寂しげな痕跡が残るだけ。

Keith、THE BEACHES、The Holloways、LCD Soundsystem、The Rapture、andymori、テムズビート、UKインディ。

時代が変われば、音楽も変わる。
時代が変われば、リスナーも変わる。

ただし、時代が変わっても、
音楽を愛する人たちは変わらずに存在し続ける。
僕が知らないだけで、たくさんの新しく素晴らしい音楽が生まれてきたのだと思う。
それが僕自身の推測の域を超えないのは、僕が自ら招いた無知と無関心の顛末だ。

僕は天邪鬼だ。
何故か「新しい音楽をキャッチアップしていこう」とは思わなかった。
Back to the Future. 僕は2011年から過去にスリップしていきたいと思った。過去にこそ答えがある、そんな予感。

具体的に。
これから時間をかけて、僕は各号の『SNOOZER』を読み直します。頭からケツまで、誠実に丁寧に。そして、それぞれの号で、何が書かれていたかを振り返り、このブログにエントリしていく。
最終号である#86を起点に、#1まで遡る旅だ。過去に向けての旅。Back to the Future. (ちなみに僕は#48以前の号を持っていません)

何度も言うけど、言い訳がましくても構わないけど、俺はただの素人。一介の音楽ファンに過ぎない。
音楽の歴史に関する知識もないし、楽器の音を聴き分けられる音感もないし、アーティストやレコード会社とのコネクションだってもちろん、ない。
変なこと書いて、どこぞの誰かに怒られる筋合いはない。全てが妄想だ。何ならこの企画からフィクションでも産み出してやろう。

『SNOOZER』のあとがき、
タイトルは「すべてのブルーにこんがらがったベットルームのために」。

タナソウが思い思いのことを書いているわけど(絶対にシラフじゃないよな)、結構勢いがあって僕は好きだった。
タナソウの文体に、何だかんだで惹きつけらてたんだよな。今読むと、ただの自己満足のナルシストやんけ!

それに倣うわけじゃないけれど、ムダに気障なことを、このエントリの最後に俺も言いたい。
俺はこれから過去に向かって長い旅に出るよ。僕が旅に出る理由はだいたい100個くらいあって、そのうちの1つが音楽への回帰なのだ。

The Rifles「None the Wiser」を買った

本当に好きなアーティストというのは、もう宿命的に好きなのだ。
という書き出しは何となく既視感を覚えるが、誰にとってもフェイバリット・バンドや、フェイバリット・アーティストがいると思う。

村上春樹にとっての、ビーチボーイズやザ・ドアーズやローリング・ストーンズのように。
ある種の人たちにとっての、フリッパーズギターのように。

今でも新しい音楽を聴くたび、身体が疼くような興奮を禁じ得ないことがある。
2013年で言えば、グラミー賞を授賞したDaft Punkの「Random Access Memories」、スピッツが2年半ぶりに奏でた「小さな生き物」、Franz Ferdinandの「Right Thoughts, Right Words, Right Action」の3枚。何度も聴いた素晴らしい作品だった。
新しい音楽で言うと、邦楽ならシシド・カフカやクリープハイプ、MOP of HEAD。新たな潮流を感じさせる自由度の高い音楽を聴かせてくれた。洋楽ならば、何と言ってもアイルランド出身のThe Strypes。まだ高校生くらいの年齢にも関わらず、バリバリのロックンロールは痛快そのものだった。

だが、僕が20歳だったら。
もっと僕は暑苦しく音楽に興奮していたし、寝る間も惜しんでYouTube巡りをしていたと思う。

家庭は無いけれど、30歳を間近に控え、僕はそれなりの生活を営んでいる。
相変わらず考えていることは青いままだし、悩んだり迷ったりしているけれど、それなりに全うな時間の使い方をしていると思う。つまるところ、明日のことなど無視して音楽に耽るような時間の使い方はしなくなったということだ。同様に、女の子と遊ぶことばかり考えて携帯電話を弄っていることも無くなった。

ある意味で、20歳の頃に見たこと聞いたこと行動に移したことは、身体の中にすっかり染み込んでいる。「価値観」という手垢のついた言葉に逃げたくはないけれど、その頃に「良い」と思ったものは今も「良い」と思えるし、その頃に「悪い」と思ったものは(残念ながら)そのイメージを覆すことは難しい。

僕が20歳の頃に夢中で聴いた音楽は、邦楽であればBUMP OF CHICKENであり、ASIAN KUNG-FU GENERATIONであり、スーパーカーであり、くるりであり、SPARTA LOCALSであり、BACK DROP BOMBであり、髭であり、奥田民生であり、GRAPEVINEだ。洋楽であればArctic Monkeysであり、ASHであり、THE KOOKSであり、JETであり、CSSであり、SIMIAN MOBILE DISCOであり、HADOUKEN!であり、TORTOISEであり、Digitalismであり、Metronomyであり、The Hollowaysであり、Keithであり、The Riflesだ。

まだ第一線で活躍している者、小さなステージで音楽を続けている者、音楽は続けているが裏方として再起を図った者、消失してしまったバンドなど実に様々だ。

だけど、その頃に、飽きずに聴いたメロディーラインやリズム、その時代の空気感は未だに僕の中で生き続けている。

先週、3枚目のアルバム「None the Wiser」を出したThe Rifles。
僕の無条件で大好きなバンドの1つだ。

イングランドを旅行したときに、ロンドンのアストリアというライブハウスで彼らのライブを観た。
2007年3月だったと思う。もう1ヶ月もすれば社会人、というタイミングでの一人旅だった。

2007年1月に彼らの音源「No Love Lost」を聴き、あっという間に彼らの音楽にハマってしまった。ギターボーカル、ギター、ベース、ドラムスの極めて普通なロック・バンドだ。凝った表現をするわけではない。思わずシンガロングしてしまうような、シンプルなメロディ。3分半の楽曲群。何が好きなのか、言葉にするのは意外に難しい。3枚のアルバムは、たぶん進化しているはずだけど、何も進化していないように見える。ライフルズは、ライフルズなのだ。

この記事で言いたいことは何か。
好きなものは大声で好きと言い続けていきたいし、忙しい最中だけど、できればしっかり好きなものを追いかけていきたい。

当たり前のことかもしれないけれど、
新しいアルバムが出たらお金を払うし、日本でツアーが組まれるならライブハウスに行くし、時々はTwitterやFacebookでリツイートやシェアをする。

当たり前のことだし、誰でもできることだけれど、何故か「しない」。
そんなことが多くなってきたような気がするけれど、それはやはり年齢のせいなのか。