そうだ、小説を書こう

やっぱり小説を書きたいって、最近強く思っている。
『星とビール』を書いて1年経って、別に誰にも求められていないかもしれないけれど、自分自身が書くことを求めている。そう気付いた。

単純な話、小説を書くためには、小説を書くための時間が必要だ。
休日だけにドカンと書けば良いのではない、平日から常に作品のことを考え続けることが重要だ。小説を書いていない時間にも、無意識の中でプロットのヒントを探している。そういうモードにしなくちゃいけない。平日にも書き続けなければならない。でも平日、多くの時間は本業である「仕事」に充てられている。

そうだ、朝も書こう。
平日6時半に起きてスッキリした頭で小説を書きたい。

そうだ、夜は早めに寝よう。
6時半に起きて、かつ7時間の睡眠時間を用意するためには、夜23時半に寝なければならない。

そうだ、23時からは本を読もう。
パソコンやスマートフォンなどのブルーライトは、心地よい睡眠を妨げる要因らしい。であればスマホは閉じ、本を読もう。

そうだ、22時から走ろう。
5キロ40分くらいの、緩やかなペースで。この時間に走っていれば、夜もグッスリ眠れるはず。

そうだ、20時半から小説を書こう。
平日の夜も1時間半くらいは小説を書きたい。朝は寝坊する可能性もあるし、早めに出社する用事も多そう。夜なら間違いなく、書く時間に充てられる。

そうだ、19時半からご飯を作って食べよう。
遅くても20時には食べて、小説を書く時間には済ませられるようにしよう。満腹だと眠くなるので、腹八分目くらいがちょうど良い。

そうだ、18時半には会社を出よう。家から会社までの通勤時間を鑑みたときに、これくらいの時間に会社を出れば夕飯の時間に間に合うと思う。

そうだ、コンパクトに仕事を終わらせよう。
ダラダラと仕事しては、色々なことが出来ずに終わってしまう。意識的に、効率性を高めながら仕事をすることが重要だ。

そうだ、朝少し早めに出社しよう。
僕はマイペースな人間だ。人がいると集中できないこともしばしば。人のいないオフィスで、普段は3時間かかる仕事を1時間で終わらせると余裕が出てくる気がする。

そうだ、1時間早めに出社しよう。

ということは、
そうだ、8時前に家を出よう。

逆算すると、色々なことが視えてきた。
出来ないことも多いんだけど、無駄な時間を極力減らせば不可能ではなさそう。

この記事(「1日の生産性は「朝」に決まる。朝型ビギナーでも簡単に始められる7つのコツ」)を1日1回くらい読んで、良い意味で自分のスイッチをちゃんと押すことから始めよう。自然とスイッチが入るようになることを祈りながら。

…というエントリを、小説書く手を停めて、書いた次第でございます。

「働く」×「文化」について

「文化とカルチャーの間で」
ブログを開設してから3週間弱、6つ目のポストになります。
3日に1回ペースだと悪くもないように感じますが、2週間近く更新が滞るなど、まだまだ書き慣れていません。

私事ですが、12/3(月)から、新しい会社に勤務しています。
本業に時間をかける比重が大きくなるのは当たり前ですが、やはり新しい環境への対応はエネルギーを要します。悪い意味でなく。

前後の会社を比較するときに、「この会社の文化は●●だなあ」とか、「前の会社のカルチャーは○○だったなあ」とか、会社のことを表現することがあります。「文化」や「カルチャー」という単語は、「働く」というシーンでも使用されるわけです。

ビジネス名著『ビジョナリー・カンパニー』でも「働く」ことと「文化」「カルチャー」が関連づけられています。「カルトのような文化」という見出しで、IBM、ウォルト・ディズニー、P&Gが紹介されています。

冒頭、ノードストロームという米国のデパートチェーンの「文化」を象徴するやり取りが、紹介されていますが、

新入社員:新入社員の50パーセントは1年以内に辞めていくと聞いていますが?
人事:そうです。プレッシャーに耐えられない人、猛烈な仕事に耐えられない人、会社のシステムや価値を信じられない人は辞めていきます。しかし、やる気があり自主性があり、そして何よりも、成績をあげ、顧客に奉仕する能力があれば、うまくやっていくでしょう。大切なことは、ノードストロームが合っているかどうかです。合っていなければ、会社を憎むようになり、みじめな思いをし、辞めていくことになります。

非常に厳しい言葉が並んでおり、5年前に本書を読んだとき、非常に驚いたことを覚えています。

今は、確かにその通りだと感じています。能力云々でなく、「文化」に合うかどうかは非常に重要です。「文化」に合うというのは、迎合する、とは少し異なるように思います。馴染む、という言葉が相応しいかな。

いずれにせよ、「文化」や「カルチャー」が、人生を大きく左右する例です。極端かもしれませんが、「文化」は人生を有意義にもするし、あるいは致命的な揺らぎを与えることもあるのです。

僕は、それを面白いと思っています。