いちはらアート×ミックス2017に行ってきた

市原の菜の花

以前、「いちはらアート×ミックス」関連の記事を書いたことがあるため(全体編作品編)、今回は簡単に。

前回は2014年に開催されたいちはらアート×ミックスが、3年ぶりに市原市に戻ってきた。
日帰りだったので多くの箇所を周遊できなかったけれど、作品は佳作揃いで非常に刺激的だった。時期も良く、菜の花が一面に広がり、桜もまだ咲いているタイミング。
何度も訪ねている市原の里山風景だけど、最も華やいだ時期の1つと言えると思う。

小湊鐵道さんが企画している「トロッコ列車」にも乗ることができた。
人気の窓なし車両のチケットが予約できたのだが、風がふわりと車内に入ってくるので、身体も心も開放的な気分になる。

写真を幾つか貼りますが、春の市原は素晴らしいです。
「晴れたら市原、行こう」というキャッチフレーズがある通り、ぜひ会期中に市原に足を運んでみてください。きっとお気に入りの場所が見つかるはずです。

トロッコ列車の車窓から

森ラジオ ステーション、木村崇人さんの作品

内田未来楽校、キジマ真紀さんの作品

IAAES、渡辺泰子さんの作品

第42回市原高滝湖マラソン雑記(2016年1月9日)

2016年最初のレースは第42回市原高滝湖マラソン。
1年ぶりのハーフマラソン。千葉県の房総エリアでは、昨年末の〜coast to coast〜 房総半島横断60kに続いてのレースとなる。

「フルマラソンをそれだけ(14回)走っているなら、ハーフマラソンなんて楽でしょ?」
時々走らない人から言われるんだけれど、もちろんそんなことは無い。「もちろん」という副詞を付けてしまったけれど、全てのランナーの皆さまなら共感してくれるのではないだろうか。例え5キロであっても、自分がベストを尽くそうと思うのであれば身体から全エネルギーを放出すべくハッスルしなければならない。仕事において、どんなルーティンにおいても、最善を尽くそうと思えばそれなりに疲労が生まれるのと同じことだ。

さて、今回走った市原高滝湖マラソンだが、市原市で「42回」続く伝統ある大会である。
「元旦マラソン大会」「新春マラソン大会」という過去の名称を引き継ぎながら、地元の市原市民に愛されて開催されている。参加者数も2,059人となかなかの数だ。しかもそのうち、市原市民は1,066人と5割を超えている。市原市の人口は約28万人、0.5%が参加している計算になる。数にすると、少なく感じられるかもしれない。

だけど、実際に参加して実感したのだが、この大会は多くの市原市民に愛されている。
車でなければ、開催地である市原高滝湖には小湊鐵道という地元のローカル線(同じ市原市なのに、JR五井駅から40分以上かかる)を使わなければならない。アクセスがお世辞にも良いと言えない場所に、こうして多くの市原市民を集めるというのは、なかなか困難なはずだ。
大会は、2.5km小学生女子の部から、5km、10km、ハーフマラソンと、実に細かい区分けがなされていた。大会パンフレットによると、小学生なんて男女を合わせても参加者数は100人ほど。だけどそこを「きちんと」拾っていく。運営面・収益性を鑑みると正直煩雑なことだろう。だけど、そんなことちっとも問題ではない。幅広い年齢層の市原市民が、元気であり続けて欲しいということなのだ。その辺は、東京マラソンや湘南国際マラソンといったメガ・レースと一線を画している。レース後に立ち寄った黒湯の温泉旅館で市原市のカレンダーが掲示されていたけれど、ちゃんと【1月9日】には市原高滝湖マラソンが実施される旨が記載されていた。さすがである。

***

なお、この大会は妻と走りました。
もともと妻はランナーでは無いのだが、1年に1回くらいは走ろうと決め(僕が決めました)、昨年に引き続いて2回目のハーフマラソン参加である。僕が僭越ながらガイド役を務め、制限時間内で完走するのがミッション。昨年は初回ということもあり何度か二人で練習をしたが、今年は何やかや予定が立て込み、妻は一切練習できなかったのが不安要素。いくら身体が丈夫な妻とは言え、そんなにマラソンは甘くない。
加えて、僕が腕時計を忘れるという失態を犯す。自宅の出発が遅れ、レースに遅刻気味で焦ってしまったのだ。ガイド役失格である。おかげで携帯電話(しかもガラケー)をいちいち取り出しながら、時間確認せざるをえなくなってしまった。ストップウォッチ機能がないために、分単位でしか状況確認できないのも痛い。

市原高滝湖マラソンは、一応関門および制限時間が設定されています。
14キロ地点で1時間40分、ゴール時点で2時間半。つまり、1キロ7分ペースをきっかり守っていかねばならない。標準といえば標準である。ちなみに我々の昨年のゴールタイムは2時間26、27分くらい。コースは基本的にフラットだが、向かい風が発生するなどレース・コンディション次第でタイムに影響が出てしまう。

だいたいにおいて、僕は楽観的な性格だと自覚している。
しかしマラソンを走ることに関しては、楽観的な性格とは言えないように思う。
幾つかの致命的なリスクを想定し、可能であれば予め潰しておく。対策を練った分だけレースの成否可能性が劇的に高まるわけでは無いのだが、事前準備の有効性は実感している(何度もレースで痛い目に遭って来たので)。せっかくレンタカーまで借りて千葉にやって来たのに、ゴールできないなんて絶対嫌だ。

***

レースは高滝湖を3周する。
1周あたり7キロなので、1キロあたり6分30秒〜6分45秒くらいで走れれば、2周を終えて余力が無くなったとしてもゴールできるはず。そんな見立てで走ることにした。妻とゆっくりとした速度で走るため、寒さ対策のため普段よりTシャツを1枚多く着込んで走ったが、日なたでは「暑い」と感じるほどの陽気だった。通常ならば2月上旬から咲き始める菜の花も沿道で姿を見せているほど。喉が渇く→給水ポイントで水を飲み過ぎるという懸念があったので、手持ちのポカリスエットで小まめに水分を補給した。無風に近い状態で、実に気持ち良く走ることができるのが本当に有難い。
1周目はどんなコースだろうと思っていたが、初心者ランナーには若干しんどいアップダウンがわりとあるなという印象を受けた。特に2〜3キロの上り、4〜6キロのアップダウンは周回を重ねるほどに脚にダメージを与えるだろうと感じた。

それでも、妻の顔を見ると余裕さえ感じられたし、知り合いの市原市の方にお会いして記念撮影できるくらい和気藹々と2周(14キロ)を過ぎることができた。関門の制限時間を5分ほど上回るペース。だけど後々振り返ると、2周目のペースは若干上がり過ぎていたかもしれない。近くで走っていた4人組のランナーたちの後を走っていたけれど、彼らのペースが想定よりも上がっていたので、僕としては少し自制してみるべきだった(妻は何度も「ペース上がってない?」と心配してたが、僕は「想定内のこと」として処理してしまったのだ)。

案の定、3周目に入ると我々のペースがグッと落ちた。
4人組のランナーたちとも少しずつ距離を空けられていった。妻の表情に変化は無かったし「昨年よりも全然疲れていない」と話しているほどに、疲労が溜まっているわけではなかった。要するに妻の言葉は間違っていなかったのだけど、その一方で昨年に比べ、ゴールに向かう馬力のようなものが、なかなか湧き上がって来なかったのだ。

疲れない。
その一方で、ペースはしっかり落ちていく。

数値化すると、その落差はしっかりと表れている。

残り7.1キロの時点で、制限時間まで55分(1キロあたり7.74分ペース)。
残り3.1キロの時点で、制限時間まで22分(1キロあたり7.09分ペース)。

幸いだったのは、残り3.1キロからは殆どフラットなコースが続いたこと、最後まで無風だったこと、そして終盤まで妻が余力を振り絞れるほどにモチベーションを保てていたことだ。残り1.1キロの地点(制限時間まで7〜8分)で沿道の方々が「制限時間ギリギリだよ」と発破をかけてくれたことにも助けられた。我々を更にギアチェンジさせてくれて、残り300メートルは中距離走のごとく駆けることができた。

結果は、制限時間の6秒前にゴール(2時間29分54秒)。
本当にギリギリだった。
かつて、これほどまでに制限時間に近接したことは無かった。

あまりにエネルギーを使い過ぎて、妻と抱き合って喜ぶことは無かったけれど(単なるモラルの問題でもあるが)、ゴールできたことの感慨深さは昨年の比では無い。ちなみに記録が残ったランナーとしては、我々が最後。つまり「ビリッケツ」である。だけど、実に誇らしい「ビリッケツ」だった。

走っているときは、景色を見る余裕なんて無いものだけど、写真を整理したり記憶の糸を辿っていったりすると、僕がこれまで参加した中でも3本の指に入るくらいの良い環境下でのレースだったと思う(1位はぶっちぎりで南伊豆町みちくさウルトラマラソン)。
そんなレースを妻と無事に完走できたことを喜びたいと思うし、これからも機会を得て走っていきたい。翌日・翌々日と妻は筋肉痛に苦しんでいたけれど、フィジカルに思い出を作るっていうのも良いものだと僕は思います。

高滝小学校に集まる老若男女のランナーたち。

高滝小学校に集まる老若男女のランナーたち。

ご覧の通り、快晴!

ご覧の通り、快晴!

太陽が眩しい。

太陽が眩しい。

高滝湖をぐるっと3周。

高滝湖をぐるっと3周。

適度なアップダウン、走りやすかった!

適度なアップダウン、走りやすかった!

実際のコースマップ、高滝湖を3周します。

実際のコースマップ、高滝湖を3周します。

「アートいちはら2015秋」〜作品編〜

大好きな森ラジオステーション。森遊会の皆さんと

大好きな森ラジオステーション。森遊会の皆さんと

*全体編はこちら

あまりに好きなもの、好きなことを書くとき、
どうしても想いが先行しすぎて上手く表現できないことがある。
僕にとって「中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス」がそれなんだなと。前回のエントリで言葉に頼ったけれど、自らの表現力の低さを痛感しつつも、改めて想い自体の価値の重みを知った。
いずれ時間をかけて、僕らしい表現で、いちはらアート×ミックスのことを書いていければと思う。

さて「アートいちはら2015秋」に戻ろう。
このイベントは、総合プロデューサーの北川フラムさんの意向もあって、若手の作家がある程度の期間をコミットした上で参加している。その流れで、各会場に作家がいることもあって、僕たちは直接作家の話を聞くこともできる。

実は、僕はどちらかと言えば、作品そのものから何かを吸収したい / 何かを得たいと思うタイプである。
だけど、比較的僕と年齢の近い作家が多いせいか、自然とどのような制作過程を経ているのか気になっていたんだと思う。作家の方々は皆、真摯に対応してくれる素敵な人たちだった。
いくつか素敵な作品にも出会えたので、備忘録も兼ねて、本エントリに諸々書いていきたいと思う。

「仲田絵里」in IAAES
仲田絵里さんの作品に初めて会ったとき、違和感を覚えた。
一室に展示されている写真は十数点くらい。どれも、とてもあっさりした顔の女性モデルが、様々な衣装を纏い撮影されているというシンプルな構成のものだ。
何かグロテスクなものが写っているわけではないのに、何故だろうと思った。
「同じ時代」に生きている感じがしない、あっさり言うとどれも共感性が低いように感じるのだ。

種明かしはこう。
モデル(作家の仲田さん本人だ)は、幼い頃に亡くなった自身の母親の遺品を着て、撮影に臨んでいるというコンセプトだ。「母親の遺品を、娘の自分が着て撮影する」という必然性。

モデル(仲田さん)は今を生きているのに、身に纏っているのは古き時代のもの。
仲田さんも綺麗な人なので全然着こなしているのだけれど、やっぱり違和感がある。

その差分がそっくり価値になっている。
「生きること」「母娘の血縁の価値」を表現している作品なのかもしれない。

なお、仲田さんの写真集の出版元は赤々舎
以前本ブログでも書いた『ひとり出版社という働きかた』でも紹介されていた注目の出版社である(なかなか採算の取れない「写真集」をpublishしている)。
自分の興味・関心が繋がっているなあと、しみじみ感じます。

仲田絵里さんと

仲田絵里さんと

「佐藤香」 in アートハウスあそうばらの谷
アートハウスあそうばらは、養老渓谷駅から徒歩8分くらいの場所にある。いちはらアート×ミックスのために、古民家をリノベーションして造られた展示スペースだ。ハイキングに進む道すがら、ぐっと低い谷間をぬって訪れると、カフェも併設されたアートイベントを象徴したような場所だということが判る。

秋イベントでは、土絵作家の佐藤香さんの大作が展示されていた。

土絵作家、と聞いてもピンと来ないと思うけれど、彼女から話を聞くと、なかなか大変なチャレンジをしていた。
まず素材集めから大変だ。彼女が使用する具材は絵の具では無い。文字通り、土だ。

いちはらアート×ミックスに限らず、大地の芸術祭を始めとする地方のアートイベントに招かれる佐藤さん。
そこで展示をするにあたって、佐藤さんは「現場」の土の採取を試みる。良い土はわりと崖の方にあったりするそうで、命がけで具材を調達している。

作品はどれも大掛かりで、見るものを呑み込むような力強さがある。
どうしてこんな細い方が、このような大きなサイズの作品を作れるのか不思議である。
土絵作家と聞けば肯けるけれど、やはり使われている色は、土をベースにした色合いだ。
古墳とか、壁画とか、そういったものを連想させる。青とかピンクとか、そういう色は皆無だけど、紋様の独特さに迫力があって、多分見るものを唸らせるのだと思う。

具材となっている土も展示されていたが、同じ「土色」でも、色によってはかなり様相が異なっている。
赤っぽい色、黒、淡い茶色、土が太陽に照射され続けて褪せてしまったような色。どれもリアルで、何となくデジャヴだ。紋様さの独特さのことを言及したけれど、どこか懐かしさを感じるのは、僕自身が土遊びに興じていた幼少期があるからなのかもしれない。

佐藤さんは気さくな方で、作品を語ることのできる「言葉」も持ち合わせていた。
日本にとどまらず、海外でも活躍していきそうな作家である。

土絵作家・佐藤香さんと作品

土絵作家・佐藤香さんと作品

採取した土たち

採取した土たち

長くなりそうなので、一旦ここまで。
2015年のアート納めには早いので、12月もアートに触れる機会があると良いなあと思っている。
同時に、僕自身の創作意欲も増したように思う。何かを残せる人生でありたい。

栗山斉さんの不思議で美しい作品

栗山斉さんの不思議で美しい作品

月出工舎

月出工舎

「アートいちはら2015秋」に行ってきた

IMGP5146

*作品編はこちら

妻と初めて1日デートした場所は、千葉県市原市だった。
芸術肌な彼女の趣味に合わせて「アートが好きだ」と嘯き、参加したのが1年半前の「中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス」。それから不思議で楽しい縁があり、市原市には何度か足を運んでいる。僕ら夫婦にとって大切な場所だ。

そんな市原市では、11/21,22,23,28,29と「アートいちはら2015秋」が開催されている。
「中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス」の関連イベントだ。僕らは2日目に参加してきた。
タイミング良く、本イベントの総合プロデューサーを務める北川フラムさん(「大地の芸術祭 越後妻有トリエンナーレ」の総合ディレクターも務めている方)と巡るバスツアーも企画されているとの情報を聞きつけた。参加しない理由が無かった。

バスツアーは、

・IAAES[旧里見小学校]
・月出工舎[旧月出小学校]
・アートハウスあそうばらの谷
・内田未来楽校
・森ラジオステーション
・市原湖畔美術館

という主要エリア全てが網羅されていて、1箇所に滞在する時間は多少タイトだったものの、のんびり鑑賞しがちな僕ら夫婦にとって、全てを満喫できるというのは非常に喜ばしいことだった。
少々文字数も多くなってしまうので、「アートいちはら2015秋」で心に残った作品については別エントリにて紹介するが、魅了的な作品がとても多くて、ほくほくとした気分で三連休を過ごすことができた。多くの現場では作家の方々が待機してくれていて、作品の制作経緯だったり、制作意図などを直接聴くことができた。普通の美術展では考えられないことだし、作品を別視点で見ることのできる貴重な機会だったと思う。

紅葉のピークは来週末とのことだが、市原は銀杏の黄色で色付いていた。
春の菜の花とはまた違う、趣きのある素敵な光景だった。

***

大前提として、「中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス」もジャンルとしては、最近良く耳にするビエンナーレやトリエンナーレなどと同様のアートイベントに違いないだろう。
僕自身、この手のイベントは門外漢なわけであくまで私見だけど、「中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス」は単なるアートが主役なイベントでは無いように感じている。

温かさを感じることが多いのだ。

例えば。
たくさんの魅了的なアート作品の傍らでは、イベントを支える地域ボランティアの姿が必ずある。
時には猪汁を振舞ってくれたり、時には受付を担当してくださったり、時にはみかんを袋いっぱい分けてくれたり、時にはバスの出発を見送り手を振ってくれる。

別エントリでも書いたけれど、地元の人たちは現代アートにおいて「何が面白いか」なんてことが(乱暴な言い方だけど)判っていない人たちも少なからずいるんじゃないかと思う。というか、そういうことに価値を感じているのではなく、そこから派生する様々な物事に面白みを感じてくださっているのではないだろうか。それは全然悪いことじゃないし、むしろより健全だとさえ感じる。

その証拠に、市原に来る観光客を案内しようとする彼らの熱意は本当に高い。クリエイティヴという現場で、「作り手」である作家に負けないほどの溢れんばかりの情熱があると感じさせる。

そんな雰囲気の中で楽しむことができたので、今回のバスツアーでは参加者の方と個人的にメールアドレスを交換させていただいたり、地域NPOのチラシをいただいたりして、本当に僕たちの人生にとっても意義深かったと思う。

北川フラムさんはバスの中で、「市原市が抱える問題をどのように解決するか」ということを話されていた。
僕たちも微力ながら、その過程を楽しみながら見つめ、また時には関わっていければと思った次第だ。

湖畔美術館

湖畔美術館

木村崇人さんの作品

木村崇人さんの作品

小湊鐵道バス

小湊鐵道バス