山種美術館「日本画の教科書 東京編 ― 大観、春草から土牛、魁夷へ ―」に行ってきた

Yamatane Museum Of Art

前回のエントリが7月なので、半年以上も間が空いてしまった。
これからは少しずつ、ゆっくりと更新の頻度を高めていければと思っている。

物事には色々な側面があるけれど、その中でも2月は「激動」な月だった。
その詳細はここには書かない。「激動」とはジェットコースターに乗っているような派手なイメージを思い浮かべるかもしれないけれど、そのときの僕にとっては地味なものだった。静かで、もの寂しい。小さな舟が、真夜中の大波に揺られる。必死でコントロールしているのが僕だった。

さて2017年2月24日、村上春樹の新作『騎士団長殺し』が発売された。
半月も経つので、主人公の職業くらいは言及しても良いだろう。主人公は肖像画を専門とした30代半ばの職業画家で、美術大学を卒業して筆一本で生計を立てている。本人は「自分の描きたいスタイルがない」ことに対して思うところがあるようだが、いまいち釈然としない思いを抱えている…。
そんな感じで物語が始まっていくわけだが、本作では日本画がテーマの1つになっており、全編を通じて日本画の性質や佇まいがありありと表現されている。

僕自身、美術全般に通じているわけではない。特に日本画に対しては疎い(昨年、若冲の展覧会に行ったくらいだ)。

村上春樹の筆致からすれば必然なことだと思うが、『騎士団長殺し』の世界に浸っていると、日本画にも興味が湧いてくる。
早速調べてみたところ、Bunkamuraミュージアムと山種美術館にて、展覧会が催されていることが判った。Bunkamuraミュージアムは何度か足を運んでいるが、これまで山種美術館には足を運ぶ機会に恵まれていなかった。というわけで、僕は山種美術館を訪ねることになった。

山種美術館には、想像していたよりもたくさんの人が来場していた。
その証拠にロッカーの空きは1つもなかった。全てが『騎士団長殺し』の影響を受けた人々のわけがないから、つまり日本画というのは(あるいは山種美術館が)日本人に厚く支持されているということだろう。
日本人にとっての日本画というのは、当然嗜好の中心にあるべきだと思うわけだけど、僕にとっては意外なことだった。僕のマインドセットの転換が行なわれたことを、密やかに書き添えておきたい。

以下は、僕が面白いと思った作品だ。5つほど挙げたい。

・下村観山「老松白藤」(1921年制作)
この絵を見て、私はデザイナー原研哉氏は著書『日本のデザイン』の中で以下のように述べていたことを思い出した。

ファッションとは衣服や装身具のことではなく、人間の存在感の競いであり交感であるという暗黙の前提のようなものだ。(中略)
やや極端なたとえを言えば、おなかが出るのは自然なこと。やせた若い男には出せないやすらぎやユーモアがそこにあるわけで、自信を持ってそれを表現する器量さえあれば、おじさんは十分セクシだしファッショナブルなのだ、とそんな風に考えて過ごしてきた。

意味合いは異なるかもしれないが、老年に差し掛かった松が、6曲1双の屏風に力強い筆致で描かれている。どっしりとした強さは、若く健康的な松には到底出せない。
近くから見ると、松のヤニやら苔やらがびっしりと巡らされている。日本画を通じて、人生を感じさせるような絵だった。
こちらのブログもご参照ください。

・落合朗風「エバ」(1919年制作)
『旧約聖書』の「創世記」を題材にした作品だ。
一見するとアンリ・ルソーの「夢」を思わせる。ルソーの絵が濃いグリーンで描かれているとしたら、落合郎風は瑞々しいグリーンで描かれている。題材が題材だけに、日本画にも関わらず西洋の匂いを感じる。色使いが大胆で、僕は何度もこの絵の前で立ち止まって彼の世界観に浸っていた。
こちらの紹介記事もご参照ください。

・東山魁夷「春静」「緑潤う」「秋彩」「年暮る」(1968年〜1986年制作)
山種美術館では、これらの作品が連作のように飾られていたけれど、改めて確認してみると4つの作品には約20年のスパンがある。「秋彩」が一番最後に描かれた作品だ。(実際に山種美術館の資料によると、「連作」であることは示されていない)
東山魁夷は京都の四季を描いている。例えば「春静」は緑(山)と白(桜)の2色が基本的に使われている。非常にシンプルな色合いで情緒に訴えかけるのは、やはり画力のなせる技だろう。
こちらのブログもご参照ください。

・守屋多々志「慶長使節支倉常長」(1981年制作)
支倉常長が慶長遣欧使節団を率いてヨーロッパに渡欧した「歴史」を題材にしている。
この絵は支倉がローマのとある城にいるときを描いたものだろう。手すりに腰掛け、足元にはダルメシアンがいる。侍(支倉)がダルメシアンを引き連れているようにも見える。侍は思索にふけりながらヨーロッパの町並みを涼しい目で眺めている。世界を俯瞰しているのだろうか。
事情を知らずに作品を一見すると、侍がヨーロッパの世界にタイムスリップしたような印象を受ける。
ご本人は岐阜県大垣市のご出身。歴史画家として、様々な時代を切り取ってきたわけで、この作品も多分に漏れず、特別な意図はなかったのかもしれない。
それをどう解釈するのかは、観る側に委ねられている。それもまた僕は面白いと思う。

・平山郁夫「バビロン王城」(1972年制作)
全てが計算づくされたような作品だ。精細、精緻、精密。同時に、ドット絵のような粗さも垣間見える。なのに余韻がある。見る者の状態によって印象は変わる。おそらく全て精妙にコントロールしている平山のスマートさを、作品から窺うことができる。

なるべく簡潔に書こうと思ったが、思い入れのある作品ばかりで長くなってしまった。
日本画の魅力というのは、実に様々なバリエーションがあることと、作家が独自の解釈を加えながら創作してきた過程にあるのではないかと思う。

もちろん、日本画が脈々と受け継いできた「作法」に共感を覚える人も多いと思う。そんな人からすれば、落合朗風「エバ」は言葉を呑み込んでしまうほどの異端さがあるのではないか。
だけど、時代が変われば作品も変わるし、同時代であってもスタンダードと異端児がいるというのは極めて健全なことだと思う。これからも機会を見つけて、日本画を探す旅をしていきたい。

また現在ちょうど、日本経済新聞「私の履歴書」では、美術蒐集家ジョー・プライス氏が取り上げられている。3/8付の朝刊では、初めて彼が若冲の絵を購入するという場面(しかもニューヨークで)が紹介されていた。読める環境にある方は、ぜひチェックしてみてください。

Czecho No Republicライヴイベント《ドリームシャワー2016》に行ってきた

なんて美しいバンドだろう。

初めてCzecho No Republicのライヴを観ながら、僕は泣きそうになってしまった。
間もなく32歳になる私。Czecho No Republicが奏でるメロディは、Over 30に向けられたものでは無いにも関わらず。
新木場Studio Coastに来場していたファン層は若く、まだ大学生くらいの若者がたくさんいたと思う。場違いを感じながらも、彼らの魔法のような演奏を観て、僕は呆然と「こんな夢のような共同体は長く続くまい」と思わざるをえなかった。

年の功で、昔話をさせてもらいたい。
フロントマンの武井優心はかつてVeni Vidi Viciousのベーシストであり、The Mirrazのサポートメンバーとして活動をしていた。どちらも2010年前後のロック・シーンで活躍していたバンドである。Veni Vidi Vicious活動休止に伴い、残された山崎と2010年に結成されたバンドがCzecho No Republicだ。
僕が今日まで彼らのことを記憶していたのは、某音楽雑誌の記事で紹介されていたことによる。チェコというユニークなバンド名(僕は旅好きで、チェコにも一度行ってみたいと思っていた)に加えて、主張の希薄な武井のコメントが面白かったからだ。

(Veni Vidi ViciousやThe Mirraz、THE BAWDIESと比較され)あの辺とは違うだろうなって思ってます。やっぱあの人達はカッコいいっすね。俺は、もっともやしっ子な感じがするんで。ちょっと軟弱な、風邪引きそうな感じの。『ひ弱ロックですか?』みたいな感じっていうか

(自分たちの曲は)押しつけがましくないじゃないですか。生活の一部になったらいいんじゃないですかね、チェコの曲が。通勤通学中でも、洗いもの中でも。ど主役じゃなくてもいいんで。サイコーの二番手みたいな。あと、俺達、全員、次男なんですよ。全員末っ子なんですよ。だから誰一人リーダーがいない。マジそれ出てますよね。

Czecho No Republicが世に出た頃、偶然にも僕は以前より熱心に音楽を聴かなくなってしまった。村上春樹の言葉を拝借するならば「音楽との倦怠期」である。理由は未だに言語化できないのだけれど、新しい音楽を敬遠して古い音楽ばかり聴いていた。そんな傾向は数年間続いて、昨年Apple Musicがリリースされたことでようやく解消した。

その間に、気付けばCzecho No Republicはメジャーデビューしていて、とびきりHappyでPeacefulなロック・バンドとして位置付けられていた。時の変遷に驚いたけれど、キャラ立ちしたベーシスト・砂川一黄や、コーラスもできる紅一点・タカハシマイなどが加入して、5人としての佇まいに「美しさ」が足されたことで、それは必然だったように感じる。
当時から武井の音楽(声)は、本人が自覚しているように渋さという面では程遠いものだけれど、おもちゃ箱から遊び心だけが踊りに出てきたようなポップさがあって(Vampire WeekendやLos Campesinos!など同時代の洋楽とも歩調が合っている)。まさか僕にとってのフェイバリットである「Oh Yeah!!!!!!!」がドラゴンボールのエンディング曲になっているとは思いもしなかったけれど、考えてみれば、彼らの音楽が若い世代を無条件に巻き込んだことは時代における必然であり、SEKAI NO OWARIや星野源とは違った側面から「夢」や「感動」を示している。底抜けに明るいのだ、とにかく。

儚ささえ感じるほどに、Czecho No Republicは美しい。
《ドリームシャワー2016》で楽しそうに演奏する5人は、音楽も、ビジュアルも完成された美しさがあって、それはマンガの中のような非現実感さえあった。それが「今だけ」許されたものだとしたら、美しさとはなんて脆いものなのだろう。
色々なバンドが音楽を辞めてしまった。Czecho No Republicも、いつかそんな決断を下す日が来るかもしれない。ファンには怒られるかもしれないが、HappyでPeacefulな新木場Studio Coastにいてこそ逆説的に、そんな思いに駆られた僕を許して欲しいと思う。誰に?というツッコミが入りそうなのだが、そんな確信めいた悲劇的な妄想が(半ば勝手に)頭に浮かび、消えては浮かんだ。そんな繰り返しの中で、僕はぼんやりと彼らのライヴを眺め、何より楽しんでしまったのだ。

少しだけ安心しているのは、そういった刹那性を彼ら自身が自覚していることだろう。
「Firework」「Festival」「Forever Dreaming」「Amazing Parade」といった曲名やモチーフを選択していることから明白だ(武井は「楽園志向」という言い方を記事の中でしていた)。《ドリームシャワー2016》で最後に演じた曲は「ダイナソー」。恐竜なんて絶滅しちゃったじゃんという。そして7/20に発売される新作アルバムのタイトルは「Dreams」。メンバー自身が、自分たちの「楽園志向」を重々承知の上で、夢をばら撒いてくれているのかもしれない。

夢を見せてくれる音楽。
Czecho No Republicであれば、言い過ぎじゃないと思う。

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積ん読リスト(2016年1月)

年末にエントリした通り、2015年の積ん読リストをちょっとだけ片付けた。
誰かが言っていたけれど、「書物」というのはたくさんの人々の知恵が詰まっているものだと思う。

作家が著名であろうとなかろうと、多くの本は一人の人間による出版物で無いことが多い。
作家の力に加えて、編集者を始め出版に関わる多くの人たちの英智が詰まっているし、読ませるための工夫が至るところに施されている。それでいて「当たり外れ」があると感じるのは、出版文化がこの国に根付いている証拠でもあるように思うわけです。

なので、なるべく本はこれからも読んでいきたいし、
小説や仕事で役に立つ情報に偏ることなく、色んな種類の本も読みたいなと思う次第です。
今後もこの形のエントリを定期的に行なっていき、読書スタイルの変遷を追えるようにしていければと思います。


◆『The Long Good bye -ロング・グッドバイ-』レイモンド・チャンドラー
村上春樹翻訳の古典。だいぶ前に買ったけれど、分量からなかなか読み切れていない。本作に限らず、海外ものの大作って手をつけられていない。『グレート・ギャツビー』くらいの量だといけるんだけど。


◆『忘れられた巨人』カズオ イシグロ
こちらは昨冬購入したもの。評判になっていたけれど、手をつけていなかったもの。買ったのに、やはり手をつけていなかったので改めて。


◆『美しすぎる少女の乳房はなぜ大理石でできていないのか』会田 誠
会田誠の作品って、けっこうどれも好きです。個展にも行ったし、MIZUMA ART GALLERYが中目黒にあった頃のギャラリーにも立ち寄ったことがある。訴えかける力があるんだよなあ。


◆『MAKERS―21世紀の産業革命が始まる』クリス・アンダーソン
『ロングテール』『FREE』などの著者としても有名。本書が発売されてから日が経っているけれど、「作り手」が主要になりそうな現代だからこそ、やっぱり読むべきだと直感しております。


◆『リーン・スタートアップ』エリック・リース
これも導入部で挫折しちゃいました。本ブログでもちょいちょい紹介しているフローレンスの駒崎弘樹さんの対談記事で出てきたことがきっかけかな。


◆『MBA クリティカルシンキング コミュニケーション編』
グロービスに通ったのは、もう5年前とかになるなんて。時が経つのは早いもの。時々グロービスの本は読み返しているけれど、本書は買ってから積ん読状態なので早めに読んでみようかなと思った次第。

そう言えば、今年は毎年恒例で読んでいた『7つの習慣』を読めていない。
こちらも時間を見つけて読んでいこう。定点観測できる書物って、貴重なものだから。

言葉、ことば(2015年10〜12月)

2015年最後のエントリです。
「色々あったけれど」という枕詞に相応しいほどに、2015年は良いことも悪いことも気疲れすることも手放しに喜ばしいことも「色々」あった。

その中でも一生に一度(であろう)、入籍というのはとりわけ僕にとって大きなイベントだ。
ライフステージが一気にアップデートされ、取り巻く環境や考えるべきポイントが極めて多岐に及ぶようになった。「入籍以前」「入籍以後」という区分けが生まれそうなくらい。丸くならず、良い意味で尖り続けていければと思う。

昨年に続き、今年も残念ながら小説を公開することができなかった。
長い作品になればなるほど、自分の意思や意欲を1点に集中する必要性を感じてしまう。本当は時間を決めて取り組めば良いのだが、仕事やプライベートの予定が詰まってしまうと執筆を継続することが困難になる。まあ、これは言い訳というか自分の弱い部分でもあるので、反省すべきポイントとして2016年に活かしていきたい。

前段が長くなってしまったが、2015年10〜12月の「言葉」についてのエントリ。
言葉メモは習慣として、1年以上続けることができている。良い傾向の1つである。

***

12/12
12/11日本経済新聞朝刊 私の履歴書「奥田務」
参考URL:http://www.nikkei.com/paper/article/?ng=DGKKZO94991190Q5A211C1BC8000

儒学の祖の一人である荀子の言葉から採った「先義後利」というもので、その意味は「企業の利益はお客様と社会への義を貫き、信頼を得ることでもたらされる」。天保8年(1837年)に大阪で多くの豪商が一揆の焼き打ちに遭った大塩平八郎の乱があったが、大丸は逃れることができた。大丸は徳義を重んじる家風が庶民にも広く知られ、乱の頭領の大塩が「大丸は義商なり、犯すなかれ」と命じて難を逃れたこともある。先義後利の話を初めて聞いたときに「利益を追求するためにお客さんや社会への言い訳のようなもので詭弁(きべん)だ」と思った。しかし、後に経営者となってすべての経営活動において先義後利の視点を欠くと、必ずと言っていいほどうまくいかなかった。

百貨店業を営む大丸の社長を務め、2007年に大丸と松坂屋ホールディングスの経営統合(後のJ.フロントリテイリング)を主導した奥田務さんの言葉。「先義後利」という言葉は聞いたことがあったけれど、当時の奥田さんのように、まだ僕の中で腑に落ちていない概念だ。僕もこれから経験を積むにあたり、この言葉の持つ意味合いを実感するだろうと何となく予感している。

 

12/1
村上春樹『ラオスにいったい何があるというんですか』。ギリシャのミコノス島を24年ぶりに再訪した際に感じたこと。

「何年か前に改築したから、昔とは印象が違ってるかもしれないね」とその青年が教えてくれた。僕が礼を言うと、ダムディロプロス青年はにこにこと手を振って「アナルギロスの雑貨屋」に戻っていった。島の人たちは(おおむねみんな)親切で友好的だ。そのへんは昔と変わらない。24年が経過しても、通貨が変わっても、辺りの風景が変化しても、冷戦が終わっても、経済が上がり下がりしても、人々の心根にはそれほど変化はなかったみたいだ。それが僕をほっとさせる。なんといっても人の心は、その土地にとっていちばん大切なものなのだから。

間接的に「福島」のことを示唆しているだろう。『職業としての小説家』に書かれていた「個の回復スペース」というのも、場所そのものの不可欠要素について言及していたけれど、円熟期に入っての村上春樹の言葉の1つ1つに深みがある。本書もさくっと読める紀行記である一方で、読んでいて唸らされるような記述もあって、とても学びになります。


 

10/25
数学者・森田真生とグラフィックデザイナー・原研哉との会談
参考URL:http://www.takeo.co.jp/reading/dialogue/15.html

そもそも「マスマティックス」には「数の学問」という意味はありません。「マテーマタ」というギリシャ語が語源で「最初から知っていたことをあらためて知る」という意味なんです。知らないことを知るのではなくて。

1年前に開催されていた竹尾ペーパーショウの企画「SUBTLE」。
「紙」というものの繊細さ、精密さを再発見することができた展示会だったけれど、専門分野の異なる両氏が何度も熱くクロス・オーヴァーしながら「デザイン」「数学」について語り合う本対談は必読です。上述した言葉はその中で身に沁みた一節。イコールという置き換え作業は、誰もが知っている初まり(前提)から展開されていくものだ。前述した村上春樹『職業としての小説家』にも同様の記述がある。同時多発的なリンクが発生している。

森田真生氏の『数学する身体』、原研哉氏の『デザインのデザイン』も併せてオススメです。


 

12/4
松本人志:ワイドナショー(2015年11月29日放送分)。ワイドナ高校生の水谷果穂がワイドナショーの感想を問われて「すごく素直な意見でとても楽しいです」と答えたのに対して放った一言。

誰のことを言うてんねん。誰のことを何目線で言うてんねん。

「一億総ツッコミ時代」という少し前の言葉もあったように、TwitterなどのSNSで批評家ぶることがもはや常態化した昨今、ワイドナショーで女子高校生が何となしに発した一言+松本人志の返しがとても興味深かった。Face to Faceだと、このように「笑い」という温かみのあるコミュニケーションの中で盛り上がるけれど、匿名性の高い空間だとそうもいかない。僕自身もこうしたエントリを続けているけれど、松本人志の言葉は常に意識の片隅においておくべきポイントだと自戒したい。というかワイドナショー、やっぱり面白いです。

 

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ちなみに、
2015年のブログのエントリ数は39本(本エントリを含む)。
一番読まれたエントリは「漫才の歴史が変わったウーマンラッシュアワーの凄さ」。
2013年12月のエントリだけど、ダントツでアクセス数を稼いでいます。なんでだろ。

2015年7〜9月のエントリはこちら
2015年4〜6月のエントリはこちら
2015年1〜3月のエントリはこちら
2014年10〜12月のエントリはこちら

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最後になりましたが、2016年も引き続き「文化とカルチャーの間で」をお願いいたします。
今年は小説も書くぞー!

言葉、ことば(2015年7〜9月) 

2015年4〜6月のエントリはこちら
2015年1〜3月のエントリはこちら
2014年10〜12月のエントリはこちら

7〜9月の集約が思いの外、遅れてしまった。
印象的な言葉はたくさんある。だけどそれをキャッチアップできるのは、その当人次第だと常々感じる。同じ言葉を発していたとしても、著名人か一般人かで受け止められ方は変わる。「お前が言うな」と糾弾されることもある。

このエントリを続けていくにあたり、そのあたりのバイアスに影響されず、少しでも価値のある言葉を拾っていくことが重要だなと思う次第である。

余談だが、10/26から僕は自分のMacに新OS「OS X El Capitan」をインストールさせた。新機能の1つ「ライブ入力」、未だ慣れないけれど、なんやかんや続けている。凄いかもしれないと思うからだ。キーボードを打っているとき、人間は色々なことを考える。その打ち方が変わるということは、自らの思考過程を変えると言っても言い過ぎでは無いと僕は思う。まだ利便性は高くないけれど、「ライブ入力」をOFFにするには、早いんじゃないかって思います。

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8/19
『“ひとり出版社”という働きかた』(西山雅子)谷川俊太郎の言葉

自分の詩の理想型をそのように(道ばたの草)想い描いている。つまり、詩というのは、なにかを伝えるものじゃなくて、そこに存在するものだと思っているのね。道ばたの雑草はなにも意味していないし、伝えようともしないけれど、そこにあるだけで美しいわけでしょう?人が見て、感じる力さえあれば。本もそれと同じでいいと思うよね。だって今もう、どんなにいい作品もストックになりようがなくて、全部フローで流れていくじゃない。

自分でもブログを書いたけれど、改めてこの本は面白いなと感じます。詩人・谷川俊太郎がいつまでも情報に対する感度がみずみずしくて驚くばかりです。なかなか書き手で「コンテンツは全部フローだよね」って言い切れる人はいないと思うから。本書を読んでいただければと思うけど、だからと言って、自分の仕事に対して誇りを持っている姿勢が僕はさすがだなと思うわけです。

 

8/21
『コミュニティデザイン』山崎亮

いえしま地域の場合、まちづくり活動もさることながら、主幹産業が衰退する中で新たな産業をどう生み出すかということが大きな課題だった。(中略)採石業の後に観光業に取り組む場合も同じ轍を踏まないように気をつけなければならない。いえしまをリゾート化して、一度にたくさんの人が呼べるようにすれば、一時的に景気が良くなるかもしれない。しかし何年かあとに尾奈じような課題に直面することになるだろう。じわじわと観光拠点をつくり、じわじわと観光案内人を育て、じわじわと町民におもてなしの心を理解してもらう。その間、じわじわと来訪者が増えてくれば、その対応にあわてることもなく、借金して設備投資する必要もなく、急に人を雇うこともない。観光まちづくりをゆっくり進めることにはそれなりの意味があるのだ。そしてその速度は、住民が試行錯誤を繰り返しながらプロジェクトを推進し、そのプロセスで主体性を取り戻すための重要な時間をあたえてくれる。コミュニティデザインにおいて「ゆっくりであること」は大切なことだ。

即効性なんて、どこにも無いんだという話。
あるいは、即効性があったとしても、それにこだわるのは良くないよねというメッセージかもしれない。
人が、人の手を借りて、人の手の中で、じわじわと成長していくっていうのは、人も組織も地域もプロジェクトも変わらない。家島を始め、様々な地方で実績を上げてきた氏の言葉は、じっくりと重みがあります。4年前の情熱大陸も面白かったので、改めて見直してみようかなと思います。(ていうか、もう4年も前のことなのか・・・)

 

9/7
日本経済新聞「私の履歴書:荒蒔康一郎」
参考URL:http://www.nikkei.com/article/DGKKZO91172230R30C15A8BC8000/

「先生、今度の宿直はいつですか。お邪魔してもいいですか」。中学2年の夏休み。理科の鈴木直之先生が学校に泊まる日を楽しみにしていた。生物への興味は年を追うごとに高まっていて、大学出たての鈴木先生は私たち生徒の疑問に親切に答えてくれた。口癖は「興味があるならやってみな」。

(中略)話を中学時代に戻そう。先生から解剖の手ほどきをしてもらった。カエル、ウサギ、ネズミ、マムシなど。田舎ならではの贅沢(ぜいたく)な学習だと思う。胴体が太くなったマムシを解剖すると、いくつか卵がでてきた。マムシは卵胎生でお腹(なか)の中で孵化(ふか)して、出てくると聞いて驚いた。大学時代にはこの時の解剖の腕前が役に立つ。理屈はわかっても納得せず、なんでもやってみることを心がけた。光合成による酸素の作り方は知っていたが、水槽の中に水草からたくさんの酸素を発生させるために重曹をいれ、ライトをあてて出てきた水泡から酸素を採取した。時間さえあれば先生がいる理科室に入り浸っていたのが懐かしい。どんなことでもこの目で見ないと納得しない現場主義の考え方はこんなことから根付いていく。

ほかの勉強はそっちのけ。読書も仏細菌学者、パスツールや野口英世の伝記などばかり。母は「もっと違う本も読みなさい」とあきれ顔。父は黙って見ていた。実は社会人になっても「小さなファーブルになりたい」と酔っ払うと言っていた。

元キリンビール会長の「私の履歴書」、初回の言葉。興味関心というのは本当に大事だけど、幼少期〜青年期にその芽を摘まないように配慮や環境の整備をすることは大人の責務だ。なかなか難しいことだけど、「ファーブルになりたい」と言ってしまうくらいのキラキラした大人だったら信用しても良いかもしれない(否、ちょっと痛いかも。笑)

 

9/20
村上春樹『職業としての小説家』。

そのような自分の体験から思うのですが、自分のオリジナルの文体なり話法なりを見つけ出すには、まず出発点として「自分に何かを加算していく」よりはむしろ、「自分から何かをマイナスしていく」という作業が必要とされるみたいです。考えてみれば、僕らは生きていく過程であまりに多くのものごとを抱え込んでしまっているようです。情報過多というか、荷物が多すぎるというか、与えられた細かい選択肢があまりに多すぎて、自己表現みたいなことをしようと試みるとき、それらのコンテンツがしばしばクラッシュを起こし、時としてエンジン・ストールみたいな状態に陥ってしまいます。

スティーブ・ジョブズも似たような思想で、数々のプロダクトを作っていたと多くの方が解釈しているのは広く知られていることだけど、村上春樹の新著を読むと、同様の考え方で、彼の文体は作り上げられたように感じる。自己表現(アウトプット)にはある程度、インプット量が必要であることは間違いないかもしれないけれど、いざ走り出すときには、なるべく荷物は少なくした方が良いってことなのかな。その答えは、自らの試行錯誤の果てにあるだろう。

 

あっという間に、2015年が終わろうとしています。
無事、年末に着地できるよう、もう一踏ん張り。まずはリズムを取り戻さないと。