言葉、ことば(2015年10〜12月)

2015年最後のエントリです。
「色々あったけれど」という枕詞に相応しいほどに、2015年は良いことも悪いことも気疲れすることも手放しに喜ばしいことも「色々」あった。

その中でも一生に一度(であろう)、入籍というのはとりわけ僕にとって大きなイベントだ。
ライフステージが一気にアップデートされ、取り巻く環境や考えるべきポイントが極めて多岐に及ぶようになった。「入籍以前」「入籍以後」という区分けが生まれそうなくらい。丸くならず、良い意味で尖り続けていければと思う。

昨年に続き、今年も残念ながら小説を公開することができなかった。
長い作品になればなるほど、自分の意思や意欲を1点に集中する必要性を感じてしまう。本当は時間を決めて取り組めば良いのだが、仕事やプライベートの予定が詰まってしまうと執筆を継続することが困難になる。まあ、これは言い訳というか自分の弱い部分でもあるので、反省すべきポイントとして2016年に活かしていきたい。

前段が長くなってしまったが、2015年10〜12月の「言葉」についてのエントリ。
言葉メモは習慣として、1年以上続けることができている。良い傾向の1つである。

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12/12
12/11日本経済新聞朝刊 私の履歴書「奥田務」
参考URL:http://www.nikkei.com/paper/article/?ng=DGKKZO94991190Q5A211C1BC8000

儒学の祖の一人である荀子の言葉から採った「先義後利」というもので、その意味は「企業の利益はお客様と社会への義を貫き、信頼を得ることでもたらされる」。天保8年(1837年)に大阪で多くの豪商が一揆の焼き打ちに遭った大塩平八郎の乱があったが、大丸は逃れることができた。大丸は徳義を重んじる家風が庶民にも広く知られ、乱の頭領の大塩が「大丸は義商なり、犯すなかれ」と命じて難を逃れたこともある。先義後利の話を初めて聞いたときに「利益を追求するためにお客さんや社会への言い訳のようなもので詭弁(きべん)だ」と思った。しかし、後に経営者となってすべての経営活動において先義後利の視点を欠くと、必ずと言っていいほどうまくいかなかった。

百貨店業を営む大丸の社長を務め、2007年に大丸と松坂屋ホールディングスの経営統合(後のJ.フロントリテイリング)を主導した奥田務さんの言葉。「先義後利」という言葉は聞いたことがあったけれど、当時の奥田さんのように、まだ僕の中で腑に落ちていない概念だ。僕もこれから経験を積むにあたり、この言葉の持つ意味合いを実感するだろうと何となく予感している。

 

12/1
村上春樹『ラオスにいったい何があるというんですか』。ギリシャのミコノス島を24年ぶりに再訪した際に感じたこと。

「何年か前に改築したから、昔とは印象が違ってるかもしれないね」とその青年が教えてくれた。僕が礼を言うと、ダムディロプロス青年はにこにこと手を振って「アナルギロスの雑貨屋」に戻っていった。島の人たちは(おおむねみんな)親切で友好的だ。そのへんは昔と変わらない。24年が経過しても、通貨が変わっても、辺りの風景が変化しても、冷戦が終わっても、経済が上がり下がりしても、人々の心根にはそれほど変化はなかったみたいだ。それが僕をほっとさせる。なんといっても人の心は、その土地にとっていちばん大切なものなのだから。

間接的に「福島」のことを示唆しているだろう。『職業としての小説家』に書かれていた「個の回復スペース」というのも、場所そのものの不可欠要素について言及していたけれど、円熟期に入っての村上春樹の言葉の1つ1つに深みがある。本書もさくっと読める紀行記である一方で、読んでいて唸らされるような記述もあって、とても学びになります。


 

10/25
数学者・森田真生とグラフィックデザイナー・原研哉との会談
参考URL:http://www.takeo.co.jp/reading/dialogue/15.html

そもそも「マスマティックス」には「数の学問」という意味はありません。「マテーマタ」というギリシャ語が語源で「最初から知っていたことをあらためて知る」という意味なんです。知らないことを知るのではなくて。

1年前に開催されていた竹尾ペーパーショウの企画「SUBTLE」。
「紙」というものの繊細さ、精密さを再発見することができた展示会だったけれど、専門分野の異なる両氏が何度も熱くクロス・オーヴァーしながら「デザイン」「数学」について語り合う本対談は必読です。上述した言葉はその中で身に沁みた一節。イコールという置き換え作業は、誰もが知っている初まり(前提)から展開されていくものだ。前述した村上春樹『職業としての小説家』にも同様の記述がある。同時多発的なリンクが発生している。

森田真生氏の『数学する身体』、原研哉氏の『デザインのデザイン』も併せてオススメです。


 

12/4
松本人志:ワイドナショー(2015年11月29日放送分)。ワイドナ高校生の水谷果穂がワイドナショーの感想を問われて「すごく素直な意見でとても楽しいです」と答えたのに対して放った一言。

誰のことを言うてんねん。誰のことを何目線で言うてんねん。

「一億総ツッコミ時代」という少し前の言葉もあったように、TwitterなどのSNSで批評家ぶることがもはや常態化した昨今、ワイドナショーで女子高校生が何となしに発した一言+松本人志の返しがとても興味深かった。Face to Faceだと、このように「笑い」という温かみのあるコミュニケーションの中で盛り上がるけれど、匿名性の高い空間だとそうもいかない。僕自身もこうしたエントリを続けているけれど、松本人志の言葉は常に意識の片隅においておくべきポイントだと自戒したい。というかワイドナショー、やっぱり面白いです。

 

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ちなみに、
2015年のブログのエントリ数は39本(本エントリを含む)。
一番読まれたエントリは「漫才の歴史が変わったウーマンラッシュアワーの凄さ」。
2013年12月のエントリだけど、ダントツでアクセス数を稼いでいます。なんでだろ。

2015年7〜9月のエントリはこちら
2015年4〜6月のエントリはこちら
2015年1〜3月のエントリはこちら
2014年10〜12月のエントリはこちら

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最後になりましたが、2016年も引き続き「文化とカルチャーの間で」をお願いいたします。
今年は小説も書くぞー!

言葉、ことば(2015年7〜9月) 

2015年4〜6月のエントリはこちら
2015年1〜3月のエントリはこちら
2014年10〜12月のエントリはこちら

7〜9月の集約が思いの外、遅れてしまった。
印象的な言葉はたくさんある。だけどそれをキャッチアップできるのは、その当人次第だと常々感じる。同じ言葉を発していたとしても、著名人か一般人かで受け止められ方は変わる。「お前が言うな」と糾弾されることもある。

このエントリを続けていくにあたり、そのあたりのバイアスに影響されず、少しでも価値のある言葉を拾っていくことが重要だなと思う次第である。

余談だが、10/26から僕は自分のMacに新OS「OS X El Capitan」をインストールさせた。新機能の1つ「ライブ入力」、未だ慣れないけれど、なんやかんや続けている。凄いかもしれないと思うからだ。キーボードを打っているとき、人間は色々なことを考える。その打ち方が変わるということは、自らの思考過程を変えると言っても言い過ぎでは無いと僕は思う。まだ利便性は高くないけれど、「ライブ入力」をOFFにするには、早いんじゃないかって思います。

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8/19
『“ひとり出版社”という働きかた』(西山雅子)谷川俊太郎の言葉

自分の詩の理想型をそのように(道ばたの草)想い描いている。つまり、詩というのは、なにかを伝えるものじゃなくて、そこに存在するものだと思っているのね。道ばたの雑草はなにも意味していないし、伝えようともしないけれど、そこにあるだけで美しいわけでしょう?人が見て、感じる力さえあれば。本もそれと同じでいいと思うよね。だって今もう、どんなにいい作品もストックになりようがなくて、全部フローで流れていくじゃない。

自分でもブログを書いたけれど、改めてこの本は面白いなと感じます。詩人・谷川俊太郎がいつまでも情報に対する感度がみずみずしくて驚くばかりです。なかなか書き手で「コンテンツは全部フローだよね」って言い切れる人はいないと思うから。本書を読んでいただければと思うけど、だからと言って、自分の仕事に対して誇りを持っている姿勢が僕はさすがだなと思うわけです。

 

8/21
『コミュニティデザイン』山崎亮

いえしま地域の場合、まちづくり活動もさることながら、主幹産業が衰退する中で新たな産業をどう生み出すかということが大きな課題だった。(中略)採石業の後に観光業に取り組む場合も同じ轍を踏まないように気をつけなければならない。いえしまをリゾート化して、一度にたくさんの人が呼べるようにすれば、一時的に景気が良くなるかもしれない。しかし何年かあとに尾奈じような課題に直面することになるだろう。じわじわと観光拠点をつくり、じわじわと観光案内人を育て、じわじわと町民におもてなしの心を理解してもらう。その間、じわじわと来訪者が増えてくれば、その対応にあわてることもなく、借金して設備投資する必要もなく、急に人を雇うこともない。観光まちづくりをゆっくり進めることにはそれなりの意味があるのだ。そしてその速度は、住民が試行錯誤を繰り返しながらプロジェクトを推進し、そのプロセスで主体性を取り戻すための重要な時間をあたえてくれる。コミュニティデザインにおいて「ゆっくりであること」は大切なことだ。

即効性なんて、どこにも無いんだという話。
あるいは、即効性があったとしても、それにこだわるのは良くないよねというメッセージかもしれない。
人が、人の手を借りて、人の手の中で、じわじわと成長していくっていうのは、人も組織も地域もプロジェクトも変わらない。家島を始め、様々な地方で実績を上げてきた氏の言葉は、じっくりと重みがあります。4年前の情熱大陸も面白かったので、改めて見直してみようかなと思います。(ていうか、もう4年も前のことなのか・・・)

 

9/7
日本経済新聞「私の履歴書:荒蒔康一郎」
参考URL:http://www.nikkei.com/article/DGKKZO91172230R30C15A8BC8000/

「先生、今度の宿直はいつですか。お邪魔してもいいですか」。中学2年の夏休み。理科の鈴木直之先生が学校に泊まる日を楽しみにしていた。生物への興味は年を追うごとに高まっていて、大学出たての鈴木先生は私たち生徒の疑問に親切に答えてくれた。口癖は「興味があるならやってみな」。

(中略)話を中学時代に戻そう。先生から解剖の手ほどきをしてもらった。カエル、ウサギ、ネズミ、マムシなど。田舎ならではの贅沢(ぜいたく)な学習だと思う。胴体が太くなったマムシを解剖すると、いくつか卵がでてきた。マムシは卵胎生でお腹(なか)の中で孵化(ふか)して、出てくると聞いて驚いた。大学時代にはこの時の解剖の腕前が役に立つ。理屈はわかっても納得せず、なんでもやってみることを心がけた。光合成による酸素の作り方は知っていたが、水槽の中に水草からたくさんの酸素を発生させるために重曹をいれ、ライトをあてて出てきた水泡から酸素を採取した。時間さえあれば先生がいる理科室に入り浸っていたのが懐かしい。どんなことでもこの目で見ないと納得しない現場主義の考え方はこんなことから根付いていく。

ほかの勉強はそっちのけ。読書も仏細菌学者、パスツールや野口英世の伝記などばかり。母は「もっと違う本も読みなさい」とあきれ顔。父は黙って見ていた。実は社会人になっても「小さなファーブルになりたい」と酔っ払うと言っていた。

元キリンビール会長の「私の履歴書」、初回の言葉。興味関心というのは本当に大事だけど、幼少期〜青年期にその芽を摘まないように配慮や環境の整備をすることは大人の責務だ。なかなか難しいことだけど、「ファーブルになりたい」と言ってしまうくらいのキラキラした大人だったら信用しても良いかもしれない(否、ちょっと痛いかも。笑)

 

9/20
村上春樹『職業としての小説家』。

そのような自分の体験から思うのですが、自分のオリジナルの文体なり話法なりを見つけ出すには、まず出発点として「自分に何かを加算していく」よりはむしろ、「自分から何かをマイナスしていく」という作業が必要とされるみたいです。考えてみれば、僕らは生きていく過程であまりに多くのものごとを抱え込んでしまっているようです。情報過多というか、荷物が多すぎるというか、与えられた細かい選択肢があまりに多すぎて、自己表現みたいなことをしようと試みるとき、それらのコンテンツがしばしばクラッシュを起こし、時としてエンジン・ストールみたいな状態に陥ってしまいます。

スティーブ・ジョブズも似たような思想で、数々のプロダクトを作っていたと多くの方が解釈しているのは広く知られていることだけど、村上春樹の新著を読むと、同様の考え方で、彼の文体は作り上げられたように感じる。自己表現(アウトプット)にはある程度、インプット量が必要であることは間違いないかもしれないけれど、いざ走り出すときには、なるべく荷物は少なくした方が良いってことなのかな。その答えは、自らの試行錯誤の果てにあるだろう。

 

あっという間に、2015年が終わろうとしています。
無事、年末に着地できるよう、もう一踏ん張り。まずはリズムを取り戻さないと。