SPARTA LOCALS再結成ライヴ「復活のファンファーレ」

大好きなバンドだったんです。
きっかけは良く覚えていないけれど、
2005年のアルバム「DREAMER」が素敵すぎて。
その次の「スパルタローカルズ」というアルバムはリアルタイムで聴いたから、大学生のときにどこかで出会ったんだろうな。

って、書きながら思い出したんだけど。
ASIAN KUNG-FU GENERATION主催の「NANO-MUGEN FES. 2005」です。僕が彼らに会ったのは。
Wikipediaで調べたら、2005年7月9日。今から12年前のこと。ぴったり一回りしたんだなあ。

彼らはトップバッター。
大学生の僕は、律儀にフェスのど頭から観に行ったんですね。
そのときステージ上で、挙動不審だったのが安部コウセイでした。
何歌っていたのかさすがに記憶ないけど、「FLy」とか「夢ステーション」は歌ってた気がする。
なんでこの2曲を覚えているかって、「FLy」で歌上手いんだなって思ったし、「夢ステーション」は今でも僕が一番好きな曲だからです。たぶん、好きになったきっかけの曲なんだよね。Apple Musicでは「夢ステーション」が収録されていないので、どこかのタイミングで収録されてくれたら良いのにな。(※iTunesではダウンロード購入できます)

そこから、彼らのCD、自宅そばのGEOで借りたんだろうな。
めちゃくちゃハマって。ライヴにも行ったよ。
ダイノジのおおち氏が、ステージで「ばかやろう!」って言わされてたの、いつ頃だったんだろう。

Hermann H.&The Pacemakersの梶山剛がSPARTA LOCALSに入って、バンドのイメージがガラっと変わったのも覚えている。
というか、ただの音楽のリスナーだった僕にとって、「人によって、こんなにも違ってしまうんだ」って衝撃を受けたのは、SPARTA LOCALSの(今や元メンバーという位置付けになった)梶山さんが初めてだったんだなと思う。
音のエロさ、セクシーさが半端なかった。

ほんとに格好良かったよ、その頃のSPARTA LOCALSは。
ただ、たぶん、挙動不審で自由奔放だった安部コウセイの色が濃かったSPARTA LOCALSが、メンバーの技術がどんどん上がっていったのに比例して、とにかくセクシーでかっこいいバンドになっていたのは、まあ、それが大人になるってことだったんだろうね。

結果的にオリジナルアルバムとしては最後の作品になった「Leecher」は、前々職が持ってた音楽媒体にレビューも書かせてもらったけど、何か味気ない表層的なものになってしまった気がする。
僕自身も社会人生活が2年目になり、多少お金の余裕も出てきて、フジロックとか行くようになって。日本のロックから少し距離置いた時期でもあって、SPARTA LOCALS聴かなくなっちゃったような気がするな。

洋楽がかっこいいよね、って思う時期、誰にでもあるじゃんね。

そして、唐突な解散発表。
俺はけっこう愕然とした。

解散発表後、予定されていたSHIBUYA-AXでのライヴは「解散公演」という位置付けになったから、あっという間にチケットは売り切れた。
今だから言うけど、僕は知り合いのコネを何とか辿って(コネ曰く「業界内でも手に入らなくなっている」とのことだった)、何とか入手できた『ラストダンスはあなたに』のチケット。
泣く泣く諦めたファンの方もいるので、本当に申し訳ないけれど。
後にも先にも、こうやって駄々こねてチケットの都合をつけてもらったのは初めてなので、大目に見てほしい。

僕はSHIBUYA-AXの右前方に位置どり、最後のライヴを見届けた。
あっという間だったし、あんなにもう、悲しいけどクソ踊ったライヴは、俺はもう経験できないと思うな。
最後だって分かっていたけど、分かっていたからこそ、フロアにいたファンは全員飛び跳ねた。もう2度と聴くことのない「トーキョウバレリーナ」が終わったときの悲しみは、今思い出しただけでも胸が疼く。

「ウララ」が最後の曲だったのかな?
大円団っぽく、最後は明るく締めた気がするんだよね。
だーれも納得していなかったけど、もう納得するしかない終わり方。

その頃、社会人3年目で、仕事もあんまり上手くいってない頃で、色んなことが胸をクロスオーヴァーしたりしたのかな。
晴れだったか雨だったか覚えてないけど、やるせない思いで帰途についたと思う。

今は、音楽の世界にどっぷり浸かっていた頃に比べると、けっこうドライに音楽に接している気がします。
音楽好きだし、ちょくちょくワンマンライヴやフェスも行ってるけど、「昨年何のアルバムが良かった?」とか「最近聴いてる新しい音楽なに?」とか聴かれると答えに窮する感じ。分かります?

音楽媒体とかも、そんな熱心に観なくなったし。
雑誌だって、もう何も買ってない。立ち読みも年に1回するかどうかって感じで。
TwitterやFacebookで、たまにナタリーの記事が流れてくるので、気が向いたら覗きに行く感じかな。今っぽいね。

それでか、偶然SPARTA LOCALS再結成の情報を知ることができたんだよね。
安部コウセイのTwitterはフォローしてから、それで知ったのかもしれないけど。速攻チケット買って(4月頃に先行予約した)。

それで念願かなった、今回の再結成ライヴ「復活のファンファーレ」。

良い意味で、解散ライヴの頃のセクシーさは無かった気がする。
距離の近い安部コウセイを始めとするメンバー(ドラムは結成当時の中山昭仁が戻った)。

安部コウセイも言ってたけど「年取った」んだよね。
8年分、しっかりと。
いま僕は32歳で、もうすぐ33歳になる。
解散ライヴ観たのって25歳だったかな。あのときは全然踊れたよ。
今じゃ足がついていかないし、反射神経も衰えちまった。

それでも全然オッケー。
俺は俺のリズムで約2時間を楽しみまくりました。
「夢ステーション」も「GET UP!」も「トーキョウバレリーナ」も「ばかやろう」も最高だった。

最高って、技術とかじゃないんだね。
最高って、感覚だし、感情だし。積もり積もった思いの蓄積から放たれて、良い感じに「最高!」なんつって。
そんな風な適当に解釈。それくらい良い加減なものなのよね、「最高」って言葉は。でも、それがすごく心地良い。

8年間も待たせやがって、ばかやろう!
って言いたかったけど、前方にいた女の子が、1曲目の「青い夏」でむちゃくちゃ泣いてて。
俺も鳥肌がーって立ってたから、ああ、なんかもう、ありがとう!しか言えないなーって思った。

「トーキョウバレリーナ」には、7月は「ギラついて強気になる」みたいな歌詞があるんだよね。
マイノリティな音楽ばかやろうたちが、8年越しに集まって、またトーキョウバレリーナになれた、7月のとある吉日。

何回も言っちゃうけど、そりゃ最高に決まってるじゃんね。

追記:
読んでくれた方、ありがとうございました。
ライヴ終わって、気持ち良くなってビール飲みながら深夜に勢いで書いた駄文です。
朝起きて読み返したら、「てにをは」おかしいのがけっこうあったので、修正しました。

髭ちゃんしか信頼できない2017年

すげーすげー!

愛すべきバンド・髭(HiGE)ちゃんの「すげーツアー」ファイナル公演をLIQUIDROOMに観に行った。
2017年5月の最新作「すげーすげー」が傑作で、今日のツアーも心待ちにしていたのだけど、めちゃくちゃ楽しかった。最近はワンマンライヴ自体に行く機会が減っていたのだけど、特定アーティストのファンだけが集まる空間というのはやっぱりポジティヴ&ハッピーで、今日だって僕と同世代くらいのファンたちが集っていて、久しぶりの再会を祝するような良き雰囲気だった。間違いなく。

僕が彼らを知ったのは、「Thank you,Beatles」「I Love Rock n’ Roll」あたり。2005年くらいだろうか。
「違いを生み出せる」ロックバンドだなと思ったし、当時の王道だったBUMP OF CHICKENに比べると圧倒的に不健康で、なんでドラムが2人もいるんだろうと色んな疑問を抱いた気がする。

フェスで観ることが多かったけど、そこに集まる早耳なファンたちはいつだってカオスで、彼らのグルーヴに積極的に酔い、僕らはみんなしてバンドのことを「髭ちゃん」と呼んでいた。(ちなみに今、須藤寿は「ピーチ」って呼ばれていることを今日初めて知りました)

何か大そうなタイトルをつけて、けっこう中身のない文章になってしまったけれど、僕は髭ちゃんが大好きです。
今年は僕が2000年代に好きだったSPARTA LOCALS、8ottoなどが動き始めていて、何か嬉しいわけです。

今月末はフジロックにも久しぶりに行くし、すげーすげー楽しい音楽を満喫していきたいと思うのです。

The Rifles「None the Wiser」を買った

本当に好きなアーティストというのは、もう宿命的に好きなのだ。
という書き出しは何となく既視感を覚えるが、誰にとってもフェイバリット・バンドや、フェイバリット・アーティストがいると思う。

村上春樹にとっての、ビーチボーイズやザ・ドアーズやローリング・ストーンズのように。
ある種の人たちにとっての、フリッパーズギターのように。

今でも新しい音楽を聴くたび、身体が疼くような興奮を禁じ得ないことがある。
2013年で言えば、グラミー賞を授賞したDaft Punkの「Random Access Memories」、スピッツが2年半ぶりに奏でた「小さな生き物」、Franz Ferdinandの「Right Thoughts, Right Words, Right Action」の3枚。何度も聴いた素晴らしい作品だった。
新しい音楽で言うと、邦楽ならシシド・カフカやクリープハイプ、MOP of HEAD。新たな潮流を感じさせる自由度の高い音楽を聴かせてくれた。洋楽ならば、何と言ってもアイルランド出身のThe Strypes。まだ高校生くらいの年齢にも関わらず、バリバリのロックンロールは痛快そのものだった。

だが、僕が20歳だったら。
もっと僕は暑苦しく音楽に興奮していたし、寝る間も惜しんでYouTube巡りをしていたと思う。

家庭は無いけれど、30歳を間近に控え、僕はそれなりの生活を営んでいる。
相変わらず考えていることは青いままだし、悩んだり迷ったりしているけれど、それなりに全うな時間の使い方をしていると思う。つまるところ、明日のことなど無視して音楽に耽るような時間の使い方はしなくなったということだ。同様に、女の子と遊ぶことばかり考えて携帯電話を弄っていることも無くなった。

ある意味で、20歳の頃に見たこと聞いたこと行動に移したことは、身体の中にすっかり染み込んでいる。「価値観」という手垢のついた言葉に逃げたくはないけれど、その頃に「良い」と思ったものは今も「良い」と思えるし、その頃に「悪い」と思ったものは(残念ながら)そのイメージを覆すことは難しい。

僕が20歳の頃に夢中で聴いた音楽は、邦楽であればBUMP OF CHICKENであり、ASIAN KUNG-FU GENERATIONであり、スーパーカーであり、くるりであり、SPARTA LOCALSであり、BACK DROP BOMBであり、髭であり、奥田民生であり、GRAPEVINEだ。洋楽であればArctic Monkeysであり、ASHであり、THE KOOKSであり、JETであり、CSSであり、SIMIAN MOBILE DISCOであり、HADOUKEN!であり、TORTOISEであり、Digitalismであり、Metronomyであり、The Hollowaysであり、Keithであり、The Riflesだ。

まだ第一線で活躍している者、小さなステージで音楽を続けている者、音楽は続けているが裏方として再起を図った者、消失してしまったバンドなど実に様々だ。

だけど、その頃に、飽きずに聴いたメロディーラインやリズム、その時代の空気感は未だに僕の中で生き続けている。

先週、3枚目のアルバム「None the Wiser」を出したThe Rifles。
僕の無条件で大好きなバンドの1つだ。

イングランドを旅行したときに、ロンドンのアストリアというライブハウスで彼らのライブを観た。
2007年3月だったと思う。もう1ヶ月もすれば社会人、というタイミングでの一人旅だった。

2007年1月に彼らの音源「No Love Lost」を聴き、あっという間に彼らの音楽にハマってしまった。ギターボーカル、ギター、ベース、ドラムスの極めて普通なロック・バンドだ。凝った表現をするわけではない。思わずシンガロングしてしまうような、シンプルなメロディ。3分半の楽曲群。何が好きなのか、言葉にするのは意外に難しい。3枚のアルバムは、たぶん進化しているはずだけど、何も進化していないように見える。ライフルズは、ライフルズなのだ。

この記事で言いたいことは何か。
好きなものは大声で好きと言い続けていきたいし、忙しい最中だけど、できればしっかり好きなものを追いかけていきたい。

当たり前のことかもしれないけれど、
新しいアルバムが出たらお金を払うし、日本でツアーが組まれるならライブハウスに行くし、時々はTwitterやFacebookでリツイートやシェアをする。

当たり前のことだし、誰でもできることだけれど、何故か「しない」。
そんなことが多くなってきたような気がするけれど、それはやはり年齢のせいなのか。