今こそ『SNOOZER』を振り返る(連載企画) 実施にあたって

Music Magazine, snoozer

Music Magazine, snoozer

2014年12月8日(日)。

一大決心、とは言い過ぎだけど、僕は「荷物」を少なくしようと決めた。
猥雑なほどに、僕はあまりに多くの荷物を持ち過ぎていた。

「誰だって重い荷物は好きじゃないさ。でも気がついたときは重い荷物だらけだ。それが人生だ。セラヴィ」
フィンランドのタクシー運転手に、楽しげに笑われてしまうくらいに。

僕の荷物の中で、大きな割合を占めているのが、書物、雑誌、CDだ。
いずれもデジタルデータに置き換えることができるもの。しかしながら、そのうち書物は、CDのようにデジタルデータとして簡単にコピーできない。「自炊」専用と言われるスキャンマシンが必要だ。いずれ技術が追いつけば、書物を容易にデジタルに変換できるかもしれない。捨てるのはそれからでも良いではないか。

だから僕は、まずCDを捨てた。
その後で、雑誌を捨てることに決めた。雑誌は基本的に「残す」ために作られたものではない。その時々で発生している旬の物事を編集しているもの。雑誌が好きだった僕にとって、些かの躊躇いはあったが、「荷物」は捨てないとmobilityが低くなる。

ブックオフに持ち込むことはしたくない。
「荷物」とは言え、とても大切にしていたものだ。それを売り飛ばすようなことはしたくない。
「荷物」だって、完全に処分されるよりは、売り飛ばされて誰かの元で活用された方が嬉しいかもしれない。でも、売り飛ばさない。顔の知れない第三者に、かつて僕の所有していた「荷物」は譲らない。一度そのような「手軽さ」「安直さ」を選択したならば、僕はそのサイクルから抜け出せなくなるだろう。

要らなくなった荷物は売り飛ばせ。
そんな考え方、在り方は間違っていると思う。

だいぶ御託を並べたが(御託を並べるのが僕の人生だ)、
僕は約40冊を占める、音楽雑誌『SNOOZER』を捨てることにした。2011年8月号で廃刊になった音楽雑誌。
かつて『ロッキング・オン』、『Remix』、『CROSSBEAT』などと並んで、音楽ファンに影響を与えた音楽雑誌。僕自身『SNOOZER』を読んで、興味を持ったバンドやアーティストがたくさんあった。熱心に音楽を聴いた僕の20代、『SNOOZER』は僕にとって欠かすことのできないパートナーだった。起点になっていた、女の子を紹介してくれる世話好きな友達みたいな存在として。

僕は音楽業界の人間ではない。
ただの素人の音楽ファンに過ぎない。アコースティック・ギターだって、ろくに弾けやしない。
でも、そんな素人の音楽ファンであっても、かつて音楽雑誌が役割を持っていたことを実感している。
「音楽を正しく批評し、価値を伝播し、リスナーに対して聴くべき音楽へ対価を払わせる」という、音楽雑誌が担うべきだった役割。音楽雑誌は媒体として、リスナーとアーティストを繋げる役割を担っていた。

今、「音楽を聴く」という行為は大きく変容したと思う。
具体的には、音楽を聴くことに対して対価を払うことに対して、様々な見解が生まれたということだ。
インターネット産業が成熟期に入り、デジタル環境の中で「ほぼ無料」で音楽を聴くことができるようになった。僕自身、しばらくの間、リッピング目的以外でコンパクトディスクに手を触れることはなくなっていた。デジタルデータに頼り、クラウドサービスの恩恵に預かり、結果として払うべき対価を惜しむようになった。最後にタワレコに行ったのはいつだろう。とっくに引き換え期限を過ぎたポイントカードは、そっとゴミ箱に捨てた。

聴き方だけではない。新しい音楽への出会い方も。
Amazonのレビューなど匿名コミュニティ内における評価や、身近な友人や家族からのレコメンドを僕らは参考にするようになった。マスメディアからのプロモーションを信頼しなくなった。温かくクローズドなコミュニティでストーリーが完結するようになった。僕たちは「何か」を求めて冒険することは減った。堅実になった。これらが一概に言えるとは思っていないけれど、この所感は60%くらいは正しいのではないだろうか。「出会う」ことがハプニングではなくなった。「出会う」ことは既成事実の中で行なわれ、その関係性も穏やかに前進していく。

僕だって、かつて生き甲斐だった音楽への出会いに対して、最近は目立ってパッシブになっている。
そこに時間を費やすことに対して、些か面倒な気持ちを抱くようになる。radiko流していて、「面白い音楽だな」と思っても、わざわざアーティスト名を確認することはしない。そしてiPodで繰り返し聴く音楽は、2000年代の音楽が殆どだ。

50歳になることなんて想像はつかないけれど、たぶん50歳になっても(2030年代だ)、僕は2000年代の音楽を聴き続けるのではないか。平穏無事な音楽ライフ。

僕は数年ぶりに『SNOOZER』を手に取った。

#86の最終号は3年前に発刊され、暫くの間、押入れのダンボールの中に閉じ込められていた。
表紙のくるりが(くるりの表紙が)、若干ザラついている。ちょうど彼らが2枚目のベストアルバムをリリースし、そして5人編成のロックバンドとして再始動を果たすタイミングで。『SNOOZER』の編集長である田中宗一郎(以下タナソウ)が愛したロックバンド、最終号の表紙に選ばれた理由が今なお褪せずに感じさせる。

僕は本当に久しぶりに、『SNOOZER』を“ちゃんと”読んだ。
紙に刻まれた一言一句が懐かしかった。アーティストとタナソウの双方が、茨の道を切り拓こうとする意欲が溢れている。時々、どちらがインタビュアーなのか分からなくなることもあった。
商業的に成功しているアーティストも、そうでないアーティストも雑誌でフィーチャーされている。だが、そこに断絶はない、共通項で括られる「何か」があった。

「俺は今まで『SNOOZER』の何を読んできたのだろう」
「俺は結局、『SNOOZER』から何を学んだのだろう」

メディアとレーベルが拵えた与太話ではない。僕と違う世界で生きる人々のお花畑でもない。
「何か」自分事にしなければならないような、そんな予感(仮説)が胸を過ぎった。「何か」答えがあるのではないか。

たくさんのバンドやアーティストが、『SNOOZER』廃刊後に、音楽の表舞台から姿を消した。
一時代を築いた「ブーム」なる現象も、寂しげな痕跡が残るだけ。

Keith、THE BEACHES、The Holloways、LCD Soundsystem、The Rapture、andymori、テムズビート、UKインディ。

時代が変われば、音楽も変わる。
時代が変われば、リスナーも変わる。

ただし、時代が変わっても、
音楽を愛する人たちは変わらずに存在し続ける。
僕が知らないだけで、たくさんの新しく素晴らしい音楽が生まれてきたのだと思う。
それが僕自身の推測の域を超えないのは、僕が自ら招いた無知と無関心の顛末だ。

僕は天邪鬼だ。
何故か「新しい音楽をキャッチアップしていこう」とは思わなかった。
Back to the Future. 僕は2011年から過去にスリップしていきたいと思った。過去にこそ答えがある、そんな予感。

具体的に。
これから時間をかけて、僕は各号の『SNOOZER』を読み直します。頭からケツまで、誠実に丁寧に。そして、それぞれの号で、何が書かれていたかを振り返り、このブログにエントリしていく。
最終号である#86を起点に、#1まで遡る旅だ。過去に向けての旅。Back to the Future. (ちなみに僕は#48以前の号を持っていません)

何度も言うけど、言い訳がましくても構わないけど、俺はただの素人。一介の音楽ファンに過ぎない。
音楽の歴史に関する知識もないし、楽器の音を聴き分けられる音感もないし、アーティストやレコード会社とのコネクションだってもちろん、ない。
変なこと書いて、どこぞの誰かに怒られる筋合いはない。全てが妄想だ。何ならこの企画からフィクションでも産み出してやろう。

『SNOOZER』のあとがき、
タイトルは「すべてのブルーにこんがらがったベットルームのために」。

タナソウが思い思いのことを書いているわけど(絶対にシラフじゃないよな)、結構勢いがあって僕は好きだった。
タナソウの文体に、何だかんだで惹きつけらてたんだよな。今読むと、ただの自己満足のナルシストやんけ!

それに倣うわけじゃないけれど、ムダに気障なことを、このエントリの最後に俺も言いたい。
俺はこれから過去に向かって長い旅に出るよ。僕が旅に出る理由はだいたい100個くらいあって、そのうちの1つが音楽への回帰なのだ。

The Rifles「None the Wiser」を買った

本当に好きなアーティストというのは、もう宿命的に好きなのだ。
という書き出しは何となく既視感を覚えるが、誰にとってもフェイバリット・バンドや、フェイバリット・アーティストがいると思う。

村上春樹にとっての、ビーチボーイズやザ・ドアーズやローリング・ストーンズのように。
ある種の人たちにとっての、フリッパーズギターのように。

今でも新しい音楽を聴くたび、身体が疼くような興奮を禁じ得ないことがある。
2013年で言えば、グラミー賞を授賞したDaft Punkの「Random Access Memories」、スピッツが2年半ぶりに奏でた「小さな生き物」、Franz Ferdinandの「Right Thoughts, Right Words, Right Action」の3枚。何度も聴いた素晴らしい作品だった。
新しい音楽で言うと、邦楽ならシシド・カフカやクリープハイプ、MOP of HEAD。新たな潮流を感じさせる自由度の高い音楽を聴かせてくれた。洋楽ならば、何と言ってもアイルランド出身のThe Strypes。まだ高校生くらいの年齢にも関わらず、バリバリのロックンロールは痛快そのものだった。

だが、僕が20歳だったら。
もっと僕は暑苦しく音楽に興奮していたし、寝る間も惜しんでYouTube巡りをしていたと思う。

家庭は無いけれど、30歳を間近に控え、僕はそれなりの生活を営んでいる。
相変わらず考えていることは青いままだし、悩んだり迷ったりしているけれど、それなりに全うな時間の使い方をしていると思う。つまるところ、明日のことなど無視して音楽に耽るような時間の使い方はしなくなったということだ。同様に、女の子と遊ぶことばかり考えて携帯電話を弄っていることも無くなった。

ある意味で、20歳の頃に見たこと聞いたこと行動に移したことは、身体の中にすっかり染み込んでいる。「価値観」という手垢のついた言葉に逃げたくはないけれど、その頃に「良い」と思ったものは今も「良い」と思えるし、その頃に「悪い」と思ったものは(残念ながら)そのイメージを覆すことは難しい。

僕が20歳の頃に夢中で聴いた音楽は、邦楽であればBUMP OF CHICKENであり、ASIAN KUNG-FU GENERATIONであり、スーパーカーであり、くるりであり、SPARTA LOCALSであり、BACK DROP BOMBであり、髭であり、奥田民生であり、GRAPEVINEだ。洋楽であればArctic Monkeysであり、ASHであり、THE KOOKSであり、JETであり、CSSであり、SIMIAN MOBILE DISCOであり、HADOUKEN!であり、TORTOISEであり、Digitalismであり、Metronomyであり、The Hollowaysであり、Keithであり、The Riflesだ。

まだ第一線で活躍している者、小さなステージで音楽を続けている者、音楽は続けているが裏方として再起を図った者、消失してしまったバンドなど実に様々だ。

だけど、その頃に、飽きずに聴いたメロディーラインやリズム、その時代の空気感は未だに僕の中で生き続けている。

先週、3枚目のアルバム「None the Wiser」を出したThe Rifles。
僕の無条件で大好きなバンドの1つだ。

イングランドを旅行したときに、ロンドンのアストリアというライブハウスで彼らのライブを観た。
2007年3月だったと思う。もう1ヶ月もすれば社会人、というタイミングでの一人旅だった。

2007年1月に彼らの音源「No Love Lost」を聴き、あっという間に彼らの音楽にハマってしまった。ギターボーカル、ギター、ベース、ドラムスの極めて普通なロック・バンドだ。凝った表現をするわけではない。思わずシンガロングしてしまうような、シンプルなメロディ。3分半の楽曲群。何が好きなのか、言葉にするのは意外に難しい。3枚のアルバムは、たぶん進化しているはずだけど、何も進化していないように見える。ライフルズは、ライフルズなのだ。

この記事で言いたいことは何か。
好きなものは大声で好きと言い続けていきたいし、忙しい最中だけど、できればしっかり好きなものを追いかけていきたい。

当たり前のことかもしれないけれど、
新しいアルバムが出たらお金を払うし、日本でツアーが組まれるならライブハウスに行くし、時々はTwitterやFacebookでリツイートやシェアをする。

当たり前のことだし、誰でもできることだけれど、何故か「しない」。
そんなことが多くなってきたような気がするけれど、それはやはり年齢のせいなのか。