引っ越しの準備

ものすごい量の本に埋もれそうになりながら、引っ越しの準備をしている。
今週末には引っ越しで準備に大忙しのはずが、なんと日曜日にフルマラソンに参加。月曜日、水曜日は出張だし、週末にかけて山場みたいな業務が続く。平日は諦めて、金曜日午後に半休取って、一気に終わらせる作戦に変更。

さて、今回の引っ越しは、大学時代に一人暮らしを始めから数えて4回目。
今回のところは2年半くらいの滞在。これまで3年半、6年と過ごしてきたので、史上最短。ライフステージが変わるから仕方ないものの、もうちょっと、この場所で生活を続けたかった。不動前のロケーションもすごく良かったし。

今回の引っ越しでは、学生時代のメモとか手紙とか手帳とか美術館のチケットとか、アナログなものを全て捨てることにした。
やはり紙は嵩張る。アナログな思い出は、すぐ思い返せるようにEvernoteに溜めるのが大事だなと。PCのハードディスクに残すと、思わぬハプニングでデータが全壊してしまう(経験者)。21世紀の生活は、断捨離とクラウドで快適になるはず。IoTとかも、徐々に新生活に実装していけると良いなと。文明の利器は、使い倒さなくちゃ。

言葉、ことば(2015年1〜3月)

言葉って不思議です。言葉だけでは意味を持ちません。受け手の解釈が重要で、そこから意味あるいは価値が発生します。僕にとって重要だった言葉が、あなたにとって重要だと思いません。その逆も然り。あるいは僕にとって重要だった言葉が、あなたにとって人生を変えるくらい重要である可能性もあるわけです。

少し前のエントリで書いた通り、前四半期で感じた言葉について書きたいと思います。
言葉って、やっぱり武器にもなるし凶器にもなる。「武器」って、捉え方次第だなあ。うーん、難しい。

1. 2015/1/5
普段の会話の中で。

先輩の家では廊下に本棚があって、1000冊以上の本が並んでいた。そこで育つ子どもは自然に本に触れることができるし、家族と色んな本を共有できる

紙の本や電子書籍の話をしていたときの話でした。何だか素敵な生活だなと印象に残り、このブログでもシェアします。
本に限らず、音楽や視聴メディアなどがパーソナライズされていくと、人にシェアする機能はTwitterやFacebook、まとめサイトなどに移行されます。それは悪くないのだけれど、意図しないナチュラルなシェアにも価値があると思っています。
前の会社でも、ビジネスに関する書籍が会社の本棚に並んでいました。新入社員だった僕は、「こういう本を読まなくちゃいけないんだな」という思いに駆られました。広島カープに復帰した黒田博樹投手も、「男気」という生き方のシェアをナチュラルにしています。人間は、社会の中で相互依存せざるをえない生き物なので、日々何に接しているかというのは本当に大事やなと思いました。

 

2. 2015/1/18
やる気は5秒で死んでしまう。テレビ司会者のメル・ロビンス(Mel Robbins) 氏の言葉。
参考URL:http://logmi.jp/32799

リスクを冒すのではなく、居心地が良いところから抜け出すのです。ベッドから出た後の3秒間は最悪ですよね。でも一度起きてしまえば、最高です。このような会場で座っていて、誰かが「立って、一緒に踊ろう!」と言った瞬間、あなたは「あぁ、私は踊るべきだわ」と思います。でもすぐに「でも……」となってしまうのです。やりたいという衝動があったのに、それを強制的にさせるための活動的エネルギーを出さなかったという経験は、まさに緊急ブレーキが作動したときです。「ここに座っていよう。あんなクレイジーな人たちと踊ったりしないわ。踊るのは好きじゃないし……」。

(中略)

もうひとつ使えるもの、私は「5秒ルール」と呼んでいます。人間の頭は、人の表情を33ミリ秒で判断することができます。かなり速く働きますよね。もうひとつ速くできることは、もし何かやりたい衝動があっても、それを5秒以内に行動に移さなければ、緊急ブレーキを作動させるということです。そしてそのアイディアは死んでしまいます。立ち上がり、バンドが演奏している間に踊りたいという衝動があっても、5秒以内にそれをしなければ、緊急ブレーキを引いてしまうのです。もし今日誰かのスピーチを聞いて、何かをしようという衝動にかられてら、5秒以内に、ノートをとる、自分にメールを送るなど、実際に何か行動をしなければ、緊急ブレーキを引いてしまいアイディアを殺してしまいます。問題はアイディアではないのです。問題は実際に行動しないということです。あなたがそれを殺してしまうのです。

これはすごく分かりやすいし、実感としても正しいものだと思いました。
早起きにせよ、仕事終わりのトレーニングにせよ、「ああ、面倒臭いな」と思ったら最後です。5秒以内に行動すること、これはシンプルで強力なメッセージのように思います。(未だ実践できていませんが)

 

3. 2015/1/31
バカリズムと三遊亭円楽(6代目)のやり取り。バカリズムの「僕はリアリティについて聞きたい。僕も師匠と一緒でコンビでなく一人でやることが多いが、コンビよりもリアリティを演出する、リアリティのある作り方が難しいんですけど、一人で細かくリアリティを出す演出を出すっていうのは(どうすれば)」という問いに対して。
参考URL:https://www.youtube.com/watch?v=ac4d5UrYEXA

例えば蕎麦を食べるときの所作、普通はこう(盛りそばを口元まで運んで)見せる。だけど柳朝師匠に言われたの、楽太それじゃ蕎麦が入っていかねえよ。ここまで行けと(目の上くらいまで)。だけど現実はそこまでいかない、これは誇張だよね。これはリアリズムじゃないもんね。いい加減なところがあっていい。ちょっと破れてるくらいがね、お客様の方で勝手に(想像を)張り混ぜにしてくれるから。(中略)ファジーな部分があると、柔らくなって面白く伝わると思う。(リアリティを出し過ぎると)芝居になっちゃう。

前回の博多華丸大吉に続き、お笑い界からのエントリ。
芸をより良く見せることに対して、ベテランの円楽師匠は本質的なことを言っていると思いました。

これはビジネスにも、小説にも言えることも知れません。
つまり、僕自身のリアリティと受け手の感受性との間に、ギャップというものが常に存在するわけです。誇張することで腑に落ちたり、オーバーリアクションすることでメッセージが伝達したり。村上春樹も読者の想像力をとても信頼しています(そう僕は感じます)。プロフェッショナルの一端を垣間見た気がするのです。

 

4. 2015/2/1
日本にて行なわれた、イチローのマーリンズ入団記者会見において。
参考URL:http://full-count.jp/2015/01/29/post7640/

(若く将来性のあるマーリンズ外野陣のバックアップが役割と見做されていることについて)そのことはもちろん分かっていますし、4番目の外野手であるというのは想定内のことで。なかなか3番目、特にアメリカでは40(歳)を越えた野手にポジションを与えるということは……、その時点でカットされる、年齢を見ただけでね。そういう傾向がありますから、4番目というのは何の問題もないことで……。3番目を望むというのはそんな自分はどうかなと思いますけどね。5番目ではそれはつらいかもしれないですけど。

「応援してください、とは言わない」という言葉が広まりましたが、僕はむしろこの言葉にプロフェッショナルを感じました。期待される役割は誰しもある。けれど、それに甘んじないのがイチローなのです。

例えばアマチュアの僕が小説を書くとして、何かの新人賞に引っ掛けるために小説を書こうとするのか。それとも1000年に1度残る小説を書こうとするのか。どちらも真剣かもしれないけれど、スケールが変わるような気がします。現状や少し先の未来に迎合するのでなく、僕は後者でありたいと思いますし、そこはエゴの張り過ぎかもしれないけれど全力を尽くす(クオリティが例え追いつかないにせよ)道を選びたいと思います。

その道を信じるのであれば、ですが。

 

5. 2015/2/7
村上春樹「村上さんのところ」
参考URL:http://www.welluneednt.com/entry/2015/02/05/073700

<質問>
僕は40歳ですが、ずいぶんと想像力や記憶力が減退して来ていることを実感しています。村上さんは僕より歳上で父と同学年ですが、『1Q84』のような創造の塊のような進歩的作品を生み出しました。なぜそのようなことが可能なのでしょうか。

<村上春樹の回答>
十年先のことを考えてみてください。五十歳のあなたはきっと「十年前はおれもまだ若かったよな」と思われるはずです。そういう(まだ)若い日々を、老いを愚痴りながら生きていていいんですか? 腰を上げて何か新しいことに挑戦してみてください。四十歳なんて、そんな老け込む歳じゃないですよ。がんばらなくちゃ。

5月末まで掲載されるという期間限定サイト「村上さんのところ」。朝と昼と夜に、このサイトを見るのが楽しみになっています。
質問主の悩みは、僕もすごく分かります。そして20歳になったばかりの頃、可能性が限定されていた自分に嘆息した記憶もあります。「俺はこの彼女(当時付き合っていた女性)と何年後かに結婚して、のんびりと余生を過ごすのかなあ」みたいな。全然違う人生を歩みましたし、20代で持っていたエネルギーや感受性は微笑ましくもあります。

村上春樹の言う通り、失ってしまったものに思いを馳せるより、失ってしまった後に生えてきた草に水や栄養を与えて、後世に残るナニカを作っていきたいものです。それがクリエイティヴってものでしょう。

 

日々の忙しさに追われてしまうと、印象に残る言葉が、記憶から溢れてしまいます。
心の中に、個人的なゾーンを残しておくこと。これを意識しながら、2015年度も頑張っていかなくちゃ。

ワークアウトを真剣に

覚悟はしていたけれど、思っていた以上に30代に入ってから、身体に対して向き合わないと感じることが増えた。

風邪はなかなか治らない。腰周りの贅肉は日々存在感を増す。肌は常にかさかさ。

自分の身体に関して、under controlになんか全然ならない。

「さて、どうしようか」というのが大切になる。過ぎゆく時間を呆然と眺めているだけなんて愚かだ。

ちなみにペースは変動するが、今もしっかり走っている。フルマラソンのため、ウルトラマラソンのために。

それだけじゃ、どうも足りないらしい。

だから真剣にワークアウトすることにした。肩や腕などの上半身および腹筋と背筋を。

どうなる、ことやら。

言葉、ことば(2014年10〜12月)

これから四半期ごとに、僕がEvernoteにメモしている「言葉」についてポストしたいと思います。
印象に残ったこと、役に立ったこと、初めて見聞きしたことなどを、今年の10月からEvernoteに記録するようになりました。その中から幾つかピックアップし紹介します。

言葉って不思議です。言葉だけでは意味を持ちません。
受け手の解釈が重要で、そこから意味あるいは価値が発生します。
僕にとって重要だった言葉が、あなたにとって重要だと思いません。その逆も然り。
あるいは僕にとって重要だった言葉が、あなたにとって人生を変えるくらい重要である可能性もあるわけです。

1. 2014/10/1
坪田知己さんのFacebookポスト「自分を捨てるな」
参考URL:https://www.facebook.com/tomomi.tsubota.1/posts/514521045317268

私は、「物書き」です。そのために、いつも筆記用具と本を携帯しています。大事なことを聴いたらメモします。「いい言葉」もメモしています。その場でメモしないと忘れるからです。私の教え子の数人は、お酒を飲んでる時でも、本の名前や気になる言葉が出てきたら、さっとメモ帳を開きます。「恥ずかしい」「カッコ悪い」とかでそれをしない人との間には大きな差が付きます。そういう「メモする子」は必ず大成します。恥ずかしがらないでください。

インターネットサービスが当たり前のように使われて久しいですが、随分とフロー型のサービスが多くなったように感じます。情報や言葉が氾濫する中で、記憶しておきたい言葉を「残す」ようにしました。Evernoteと併用することをお勧めします。
坪田知己さんは大学時代の恩師。僕がこの習慣を始めたきっかけになった言葉です。参考URLの本文はもう少し長文が掲載されていますが、坪田さんの魂のこもったメッセージに心打たれます。お時間あれば是非お読みください。

 

2. 2014/12/7
沢木耕太郎『旅する力―深夜特急ノート』(P206-207)

(小学館の編集者、白井勝也さんの言葉で)私がもっとも強い印象を受けたのは、マンガの世界はアクションからリアクションの時代に入った、という言葉だった。
それは、主人公が試合を通してスポーツの頂点を目指したり、恋愛を暴力や事件とからめながら展開させていく作品から、微妙な感情の揺れや些細な出来事を通して人物を描いていくマンガへの変化を予告する言葉だった。

(中略)

重要なのはアクションではなくリアクションだというのは、紀行文でも同じなのではないだろうか。どんなに珍しい旅をしようと、その珍しさに頼っているような紀行文はあまり面白くない。しかし、たとえ、どんなにささやかな旅であっても、その人が訪れた土地やそこに住む人との関わりをどのように受け止めたか、反応したかがこまやかに書かれているものは面白い。たぶん、紀行文も、生き生きとしたリアクションこそが必要なのだろう。

アクション的観点の世界はアニメの「ドラゴンボール」、リアクション的観点の世界は映画の「ゆれる」かなと、勝手ながら感じました。どちらも好きなのですが、後者の視点が丁寧に描かれている作品にハズレはない気がします。

 

3. 2014/12/14
博多大吉、THE MANZAI2014のコンビ紹介VTRにて

25年漫才をやってきて、漫才は人柄(にん)なんだなということが、ようやく分かってきた。華丸さんが言うから面白い、華丸さんが言うから笑う。無理して設定を考えたり、ボケなくても良い

THE MANZAI2014で優勝したのは、ベテラン漫才コンビの博多華丸・大吉でした。
若手が多い中、彼らの人柄を生かした味のある漫才が評価されたものと思われます(個人的には和牛が良かった)。優勝した分、この言葉に価値が生まれました。「笑う」というのは感情の発露の結果ですし、「情」が絡む以上、芸人の内面的要素がとても重要なのは納得です。それは我々のような一般人にとって、あらゆる場面で同様なのかもしれません。

 

4. 2014/12/27
橘玲「風俗嬢にもなれない「最貧困女子」問題の解決法とは?:世界投資見聞録」 参考URL:http://diamond.jp/articles/-/63557

ひとは人的資本、金融資本、社会資本から“富”を得ている。人的資本は働いてお金を稼ぐ能力、金融資本は(不動産を含めた)財産、社会資本は家族や友だちのネットワークだ。この3つの資本の合計が一定値を超えていれば、ひとは自分を「貧困」とは意識しない。

(中略)

いったん友だちネットワークから排除されてしまうと、地元にいても面白くない。こうして学校を卒業すると(あるいは中退して)東京や大阪などの大都市を目指すのだが、そのときじゅうぶんな人的資本か金融資本を持っていないと、(社会資本は地元に捨ててきたのだから)すべてをかき集めてもほとんど「資本」を持たない状態になってしまう。これが「貧困」だ。

医療が発達した現代は、昔よりも人々が「不安」に感じることが増えたそうです。
「豊かさ」についても利便性が高まった現代に、それほど実感を持てない人々が少なくないことは想像できるわけで、この記事は色々考えさせられました。

振り返ると、それ以前に自分の中に残ってる言葉って本当に少ないなと。
ズタボロに怒られたり、よほど嬉しかったことだったり、何か感情を揺さぶられたりということ以外は容易に思い出せない。私の引き出し、それほど豊かにクリエイティヴなことは詰まっていませんが、フレキシブルに出し入れができるよう思考の整理はしておきたい。このやり方は非常に便利だなと改めて思いました。

現金を持たない生活へ

携帯電話を持たなくなってからもうすぐ2年が経とうとしている。
Pocket Wi-Fiのクオリティがここ2年進化してないのがキツいところだが、携帯電話そのものがなくても困ることはない。普段所有しているiPod touchの違いは、電話番号とキャリアのメールアドレスが有るか/無いかの差なわけだし。

実は気付いていないだけで、もっともっと物を減らすことができるんじゃないかと思っている。

今考えているのは、財布だ。
クレジットカードとSUICAと何枚かの紙幣があれば、事足りるのではないかと思っている。
財布というか、「現金を持つ」ということに対して、見直していく必要があるかもしれないと思っている。

現金の管理は非常に難しい。
そもそも匿名性ゆえに失くしてしまうと戻ってこない。そのエビデンスが証明されないからだ。
何に使ったかが特定しづらい。お小遣い帳にメモるのが手間だし、面倒臭がりな俺にはできない。
財布にお金があると、ついつい使ってしまいがち。「あと1万円あるから」という妙な安心感。そのサイズ感に左右されてしまう。

幸い僕は、クレジットカードを使うことに対して恐怖心を持っている。
昔見たテレビドラマで、クレジットカードで散財してしまう主要キャラクターの破滅が未だに印象に残っているからだ。
クレジットカードで「買い過ぎた」ということは滅多にない。「買い過ぎ」ないように自制する心がある。

だったら、現金を止めてクレジットカードにしたらどうだろう。
「今月使い過ぎているかも」という恐怖心に毎度煽られ、現金の使用をSTOPすることが増えるのではないだろうか。
更にクレジットカードの明細は毎月送られてくる。何にどれくらい使ったのか、余暇以外の分野の収支が明らかになる。
視える化ってやつだ。

ちょっと大げさかもしれないけれど、試験的にやってみても良いかもしれない。
俺が破産するか、富豪になるか。ターニングポイントはここかもしれない。