10年前のことを思い出した

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東日本大震災から6年が経った。
その日、僕は都営バスに揺られながらその瞬間を迎えた。えも言われぬ虚無感が、一瞬だけ僕の身体を過ぎったのは気のせいだっただろうか。

と同時に、社会人として丸10年を過ごそうとしていることに気付く。
2007年4月に入社し、途中で起業しようと試みた期間もあり、正確には社会人を丸10年こなしてはいない。ただまあ、「10年」という区切りを今月末で打っても差し支えなかろう。

色々なことがあった。
良いこともあったし悪いこともあった。想定外の事件があった。いくら提案しても動かない現場があった。半信半疑で進めたディレクションがヒットしたこともあった。お世辞にも、優秀なマーケッターとしては言い難い。
外部の視点。僕の活動に関する評価。加点されることもあれば、減点されることもあった。僕はだいたいにおいて評価というものを気にしていなかった。伸び伸びと動くことを許してもらっていたことが多かったから。(「評価」というものが無意味だと言っているわけではないし、「評価」を全く無視して働いてきたわけではありませんので。悪しからず)。

10年があっという間な気もするし、積み上げてきたなという気もする。
いずれにせよ、3月は、この10年間をゆっくりと振り返ってみたいと思う。

さて、2006年3月に僕は何をしていただろう。
僕は学生最後のひとり旅を敢行すべく、スコットランドを訪ねていた(その後ロンドンに寄る)。合わせて10泊程度の短い旅だったけれど、冬の薄寒さが残る島国で、僕は毎日安いビールを飲みながらぷらぷら街を歩いていた。

グラスゴーでは、セルティックFCのゲームを観に行った。
当時スコティッシュ・プレミアシップで活躍していた中村俊輔を生で観るためだ。
セルティック・パークは中央駅から約4km。英語に自信がなかった僕は、バスなどを使わず歩いてセルティック・パークまで向かった。繁華街からスタジアムに向かうにつれ、少しずつ郊外の色彩を帯びていく(つまり、ちょっと廃れたような建物が多くなる)。だがサッカー・ゲームのある日は、街中がお祭りになるようで、そこかしこのパブでファンがビールを飲んでいる。陽気に仲間と話している様子は、異国の地で珍しく羨ましさを覚えたものだ。

無事に当日券を入手し、僕は試合を観戦することができた。
試合前にセルティックの選手が続々とコールされていく。「SHUNSUKE NAKAMURA」の名前が呼ばれた途端、一番の歓声が上がる。僕は鳥肌が立った。日本人が、スコットランドという土地で認められているという揺るぎない証左。日本でテレビ越しに観ていては実感できない雰囲気だ。試合が始まってからも、彼の一挙手一投足には注目が集まり、良いプレーには惜しみない拍手が送られていた。

10年経った今でも、そのときの感覚は忘れられない。
「原点」と言うほどでもないけれど、人々が熱狂する瞬間を、自らの直接の感覚で味わうことができたのだ。

「歩く」という感覚を、社会人になっても忘れたくない。
その道を知っている・知っていないにも関わらず、
歩いたならば、何気なく目にできる景色があるはず。
歩いたならば、頬にあたる風から季節の移り変わりが分かるはず。
歩いたならば、とても良い匂いのしてくる定食屋さんを発見できるかもしれない。
僕は学生で、お金を節約するために、駅1コ分なら歩くことを心掛けている。
社会人になったら、ある程度お金が手元に入るはずだ。だけど、その引き換えに多くの時間が失われてしまうかもしれない。
だからこそ、僕は駅1コ分なら歩く感覚を大切にしようと思うのだ。

10年前に書いた自分のブログを引用するのは恥ずかしいのだが、今もだいたい似たようなことを考えて生きている。

「歩く」ということは、どういうことなのだろうか。
あまりにフィジカルに依存しているし、大量処理を目指せないアナログな感じ。
当たり前のようにタクシーに乗る人たちから見れば、「歩く」ことは非効率で徒労そのものなのだろう。

それでも、今も僕は「駅1コ分なら歩く」という感覚は忘れたくない。
あのとき、セルティック・パークまで歩かなかったら、僕はあれほどサッカーに熱狂しなかったと思うから。

このブログは2012年12月から続けているので、今年で丸5年になる。
その間、書けていないこともたくさんある。自分の中でぐつぐつと煮込まれている一方、間違いなく細部はぽろぽろと零れてしまっている。それらはどこへ消えていったのだろう。僕の元に却ってくるだろうか。

時の流れとは速い。
もはや2017年は「5分の1」が過ぎてしまったらしい。
フルマラソンで言うと、「8.4km」くらいのところだ。プロであれば中盤に向けて周囲を牽制する頃だろうし、練習不足のアマチュアランナーであればレースの独特の疲れに不必要に押され始める頃だろう。

【誰だって、レースの独特な疲れに、不必要に押され始めたくなんかない】

10年前の記憶を遡り、そこで生じた雑感をつらつらまとめてみただけだが、結論はシンプルだ。
やれることを、粛々とやっていくだけ。それに勝る処世術はない。

『 “ひとり出版社”という働きかた』を読んだ

“ひとり出版社”という働きかた

“ひとり出版社”という働きかた

「生きる」ことと「働く」ことは同義ではない。
当たり前のことだけど、「生きる」ための手段として「働く」がある。別の言い方をすれば「生きる」という大枠の中に「働く」も位置付けられているということだ。

僕は社会人に入ってから、この大原則を殆ど意識せずにいたし、むしろ「生きる」=「働く」と認識していた気がする。
ガツガツ働き、それなりに成果も出て、収入や幸福度に結びつくのであれば幸せなことだと思う。難しいことは何も考えずにいた方が良いのかもしれない。シンプルイズベスト、何事も考え過ぎはよろしくないのだ。

幸か不幸か、僕のようなややこしい(と自称している)人間が、「生きる」≠「働く」ではないかと疑いを持ち始めると、色んなややこしいことを考えてしまう。
今まで疑いなく組織の中で働いてきたことに懐疑的になる。生きるための別の方策を無意味に無謀に考えてみたりする。ちょっと失敗しただけで「辞めます」と言いたくなる(映画『モテキ』の主人公は、上司に「お前はそんなポジションにもいねーんだよ」とド突かれて辞めることなくストーリーが結末に向かった。めでたしめでたし)。

脇道に逸れてしまったけれど、そういう「ややこしい」自分に対して納得性を持たせる上でも、何かしらの刺激や理論武装が必要になる。「ややこしい」人間への対処法は、その名の如く「ややこしい」処方箋を必要とする。馬鹿につける薬はない、の一歩手前くらいの面倒さ加減ではないだろうか。

そんな中読んだ『“ひとり出版社”という働きかた』(西山雅子著)はドンピシャで面白かった。

本書の中には「一人」または「小規模」で出版社をやり繰りする人たちの様子が描かれている。
著者の西山雅子はかつて出版社に勤務し、現在はフリーランスとして活動をしている。ここで描かれているような「ひとり出版社」という位置付けで活動しているわけではは無いとあとがきでも述べている。この形で「働く」ことは「生きる」ことが保証されているわけではない。むしろ困難が山ほど発生すると述べている。
巷のビジネス本のように「これをやったら成功者になれる!」と息巻くようなハウツー本ではない。
本書は、西山が「ひとり出版社」として活動している人たちへの取材を行ない、主にひとり語りのような形で自分の活動を紹介するという構図になっている。大変そうだが、とても生き生きと働いている人たちの様子が眩しい。

本書は「働きかた」というタイトルがついている。だがそれを超えて、「生き方」まで言及している方が非常に多いと感じた。
例えば赤々舎・姫野希美は大手出版社が手を出しづらい写真集の編集および出版に果敢にチャレンジする。写真家と二人三脚で取り組み、出版にこぎつける熱意と創意工夫には何度も驚かされた。

写真に写しとられたものが、その人にとって、どれほど切実な存在なのか。その写真が人間についてのなにを考えさせてくれるのか。それが私にとって、とても大事なんです。つまり、人は人に興味がある。でも、一番わからないのも人間。たぶん、自分自身も含めてわからない。(中略)私は特別な感受性をもっている人間ではないので、少なくとも私がこんなに心が動くなら、同じようにこの作品を必要としてくれる人がいるはずだと。

彼女の発言は、人間への純粋な好奇心に基づいている。
この章では、彼女が若かりし頃に上海に2年間住み、不動産の仲介業をやっていたことも紹介されている。「ビジネスには興味がない、人間に興味があったから上海に住んでみた」という言葉からも、彼女が「人間」をきっかけにした「働きかた」「生き方」を志向していることが窺える。

そういうことなんだと思う。
冒頭でも書いた通り、「生きる」と「働く」は完全に同義ではない。
でもどこか繋がっているべきなのだ。というのが登場する人たちの共通した考え方ではないかと僕は感じた。

何より面白いのは、全ての人たちが「本を愛している」という事実だ。
出版不況や電子書籍の台頭など、出版業界がなかなか立ち行かないのは良く報道で耳にする。
だけど本を愛し、情熱を持って仕事に取り組む彼らの言葉には力があるし、それを編んだ著者・西山雅子の思いも全ページを通じて真っ直ぐに伝わってくる。
スペシャルインタビューの谷川俊太郎や、寄稿の内沼晋太郎の話も面白かった。一番のオススメはミシマ社の三島邦弘の章かな。

本を愛する人、ものづくりに情熱を燃やす人なら、読んでおいて損はないと思う。

そうだ、小説を書こう

やっぱり小説を書きたいって、最近強く思っている。
『星とビール』を書いて1年経って、別に誰にも求められていないかもしれないけれど、自分自身が書くことを求めている。そう気付いた。

単純な話、小説を書くためには、小説を書くための時間が必要だ。
休日だけにドカンと書けば良いのではない、平日から常に作品のことを考え続けることが重要だ。小説を書いていない時間にも、無意識の中でプロットのヒントを探している。そういうモードにしなくちゃいけない。平日にも書き続けなければならない。でも平日、多くの時間は本業である「仕事」に充てられている。

そうだ、朝も書こう。
平日6時半に起きてスッキリした頭で小説を書きたい。

そうだ、夜は早めに寝よう。
6時半に起きて、かつ7時間の睡眠時間を用意するためには、夜23時半に寝なければならない。

そうだ、23時からは本を読もう。
パソコンやスマートフォンなどのブルーライトは、心地よい睡眠を妨げる要因らしい。であればスマホは閉じ、本を読もう。

そうだ、22時から走ろう。
5キロ40分くらいの、緩やかなペースで。この時間に走っていれば、夜もグッスリ眠れるはず。

そうだ、20時半から小説を書こう。
平日の夜も1時間半くらいは小説を書きたい。朝は寝坊する可能性もあるし、早めに出社する用事も多そう。夜なら間違いなく、書く時間に充てられる。

そうだ、19時半からご飯を作って食べよう。
遅くても20時には食べて、小説を書く時間には済ませられるようにしよう。満腹だと眠くなるので、腹八分目くらいがちょうど良い。

そうだ、18時半には会社を出よう。家から会社までの通勤時間を鑑みたときに、これくらいの時間に会社を出れば夕飯の時間に間に合うと思う。

そうだ、コンパクトに仕事を終わらせよう。
ダラダラと仕事しては、色々なことが出来ずに終わってしまう。意識的に、効率性を高めながら仕事をすることが重要だ。

そうだ、朝少し早めに出社しよう。
僕はマイペースな人間だ。人がいると集中できないこともしばしば。人のいないオフィスで、普段は3時間かかる仕事を1時間で終わらせると余裕が出てくる気がする。

そうだ、1時間早めに出社しよう。

ということは、
そうだ、8時前に家を出よう。

逆算すると、色々なことが視えてきた。
出来ないことも多いんだけど、無駄な時間を極力減らせば不可能ではなさそう。

この記事(「1日の生産性は「朝」に決まる。朝型ビギナーでも簡単に始められる7つのコツ」)を1日1回くらい読んで、良い意味で自分のスイッチをちゃんと押すことから始めよう。自然とスイッチが入るようになることを祈りながら。

…というエントリを、小説書く手を停めて、書いた次第でございます。

サービス公開から10年【GREE】

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2004年2月21日。
日本で初めてのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)である「GREE」が生まれた日だ。今日で10年、GREEは10歳の誕生日を迎えた。
かつて僕も熱心にGREEを使っていたし、グリー関係者の方に知り合いもいる。六本木でこじんまりしたオフィスを構えていた時のことも知っている。感慨深いなんて言うとおこがましく聞こえるかもしれないけれど、初期の頃から知っている人間からすると、この10年の成長は驚くばかりである。

10年続いたこと、本当に素晴らしいことだと思う。
僕の声はきっと届かないけれど、「おめでとうございます」と声を大にして言いたい。

少し振り返る。

2004年は僕が大学1年生のときだ。
アドビシステムズの「Dreamweaver」というソフトウェアを使ってホームページを作った時期だった。大したホームページでは無かったけれど、自分でデザインできる感覚を覚えたのはこの時だったし、インターネットが僕の成功体験の後押しをしてくれたのは間違いのないことだった。

それからブログというものにハマった。
HTMLやプログラミングの知識が無くても、気軽にCMS(Content Management System)を使えることは驚きだった。僕が使っていたのはlivedoor Blog。文章を書くことに抵抗を感じない僕は、キーボードに向かって文字を打ち、インターネット上に想いを吐き出した。

で、僕が実際にGREEを使い始めたのは、2005年冬のことだ。
何やらクラスメートが熱心に使っているサービスがあった。友達と繋がる、コメントなどでコミュニケーションする、日記を書いたり写真をアップロードしたりする。その全てが可視化できるところに面白味を感じたのだろう。僕もかなりハマってしまった。当時取り組んでいた研究テーマに、無理矢理SNSをねじ込むあたりは、多少病気だったかもしれない。笑

でも、病気のように、暇さえあればGREEにアクセスして、新しい情報を求めた。
ウェブサイトを巡るようなものとは異なる快感、ついついアクセスしてしまう魔法のような仕組み、SNSには「何か」がある。
だからこそ、今でも基本的には同じ機能である「Facebook」が残っているのだと、僕は思う。

とにかく、面白かった。
ライバルとしてmixiが生まれ、山ほどSNSが登場した。今なお残っているサービスは、一握りだ。
GREEとて、狭義での「SNS」という機能は薄れており、「ゲーム」を軸に事業展開している。誰もが知っての通り、大成功を収めた。

「インターネットを通じて世界を変えていきたい」
代表取締役社長の田中さんは、昔からずっとこの言葉を掲げてきた。洗練されたロゴマークも当初からのもの。変えるもの、変えないものが明確で、サービスを展開する全ての企業にとってグリーの事例は参考になる。

これから、どんな事業を展開するのか。愉しみだ。

時期的には2006年くらいの頃か。
既に規模の大きなIT企業が幅を利かせていた中で、新興企業であるグリーやミクシィ、フェイスブックなどは「ベータ版」という言葉を良く使っていた。田中さんも2005年の著作の中で述べている。

通常ソフトを開発する時は、まず「アルファ版」という第1段階、「ベータ版」という第2段階を経て、「正式版」とする。ただ、正式版ということは、“その時点で完成してしまった”ことになり、開発の終わりも意味してしまう。だからグリーはあえて永久にベータ版であることを目指している。グリーはソフトウェアなどの製品ではなく、サービスである。ユーザーの変化に応じてサービスを変化させ、常に最善を模索し続けるため作り続けなければならない。それを支える組織を作るのが、グリーの目標となった。“GREE is Perpetual Beta”

ここで使われている意味合いでの「ベータ版」という言葉が、僕は大好きだった。
サービスだけでなく、人間も、社会も、自然環境も、宇宙も、全てのものが「ベータ版」であり続けている。
次の10年も、愉しみにしたい。

何だか誕生日ネタが続いているけど、気のせいだよね)

代田昭久『校長という仕事』読了

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僕が教育系の仕事を始めて、早いもので1年が過ぎた。

仕事の関係で、各地の学校を訪問するため、先生に会う機会も多い。時には校長先生と直接話すことさえある。
若輩者の私と、威厳のある佇まいの校長先生。対面での打ち合わせは今でも緊張するけれど、校長先生の幅広い知見や深い教養はいつも勉強になる。何より、生徒のことを真剣に考えていらっしゃるので、話を聴いていても楽しい。「楽しい」なんて不謹慎かもしれないが、熱意のシャワーとも言うべき「熱さ」はとても心地良いものだ。

そんな校長先生だが、具体的にどんな仕事をしているのか。
知っているようで知らない。知られていない。

知られざる校長先生の仕事を、元リクルート、IT会社を立ち上げた経験を持つ代田昭久氏が丹念に書き上げているのが本書だ。

私が本書を知ったのは、佐賀県武雄市の樋渡市長のブログだ。

(中略)苦労を交えながら校長という仕事を詳細かつ客観的に紹介する。生徒、保護者、教員、教育委員会、地域といった様々な人々からなる「学校」を舞台に日々起こる問題。これらにどのように対処していったのか。本書からは、保護者とも教員とも違った視点で、丁寧に一つ一つ解決を図っていった、「校長」ならではの苦渋、労苦を見て取ることができる。その上で、校長の激務を筆者が「素敵な校長の仕事」(はじめに)と紹介できるのは、5年間に注いだ日々の情熱と愛情、そしてその確かな手応えゆえであろう。本書は、こうした「校長」の日常のほかに「学校現場」といういわばフロンティアに、経営やマネジメントの考え方、手法を導入することで改革を進めていった過程を具体的に紹介する。

マネジメントの考え方を、学校経営に。

各地で民間校長に採用された方は、マネジメントの手法を熟知されており、学校経営においても「抜本的改革」が期待されている。しかしながら民間校長という仕組み自体に否定的な声も少なくない。

岐路に立つ横浜市の民間人校長 4年連続不採用 現場で高評価の一方、根強い慎重論

私自身はロジカルに意思決定できるマネジメントの手法は、どんな分野にも通用するのではないかと、わりと合理的に考えている。
だけど、それが上手くいく事例と、そうでない事例があるのも事実だ。何が違うのだろう、結局本人の資質なのかと漠然と考えていた。

著者が5年間務めた学校は、学力向上や生徒数増加に貢献するなど、目に見えた成果が現れた好例、つまり上手くいった事例である。
樋渡市長もブログに書いていたが、関係者に対して丁寧に接して、問題を1つ1つ解決していったのが何よりの成功要因だろう。マネジメントの手法は、あくまでツールの1つ。それが目的なわけではないということ。

何だか、立場は違えど、今の自分への戒めのようにも感じてしまった。


「お客様のクレームを機会と捉えろ」という顧客視点を持って、保護者に対して接しながら、生徒、保護者、教員など全ての関係者の信頼構築に努めるあたりは、まさに学校の司令塔としてバランス感覚があるなあと感心してしまった。
言葉では簡単だが、なかなかそこまで、一歩引いた視点でクレーム対応には臨めないものだ。

そして、一番印象に残った点。

「戦略とは、何をやらないかを決めることである」。これは、アメリカの経営学者マイケル・ポーターの言葉です。また、マネジメントの神様、ピーター・ドラッカーが経営者の条件で強調しているのは、「優先」順位でなく、「劣後」順位をつけること。つまり、やりたいことは常にあるけれど、経営資源や時間は限られており、成果を挙げるためには、切り捨てていく判断こそが大事なのだ、という教えです。教員の忙しさを解消するには、思い切って何かをやめなければ、と思いました。

その後、具体例が挙げられるわけだが、一番の味方であるはずの副校長と意見の相違が見られた中で、きっちりリーダーシップを取って成果に繋げた一連のプロセスは、見習う点が多いと感じた。

また、学校は成果の「検証」が難しい。
そのあたりのもどかしさは、本書の中にたびたび見られる。
だが、本書全体がロジカルだが、とても温かい表現で描かれているので、「ああ、和田中学校って良い学校なんだなあ」と印象づけられる。

ICT活用など、公立中学校としては先進的な取り組みが多く、研究対象として見学も多いとのことなので、機会を見つけて訪問できればなと思う。

改めてですが、良書でした。

そんな和田中学校のホームページはこちら
しっかり独自ドメインも取っているし、何よりもUIがとても計算されていて、情報が見やすい。ファーストビューで知りたい情報が一覧化されている。

著書では月間17,000人のユニークユーザ(UU)がいるらしい。ウェブに詳しい人なら分かると思うが、たかだか中学校で、これだけのUUがいるとは俄に信じ難い。それほど内外、特に外部からの注目度が高いのであろう。そんな中、スマートフォン対応されていないのは少々残念だが、それもいずれ対応していくだろう。

試しに、自分の出身の中学校のホームページを見てみたが・・・。お世辞にも見やすいとは言えない。というか、トップページ以降のページに「ホームに戻る」リンクくらいあっても良さそうなものだが。でも、一般の公立中学校などそんなもので、ウェブサイトを活用しての情報発信には未だ課題が残る。

この他にも、ウェブサイトを眺めていると残念な点がたくさん浮かんでくる。そう言えば出身中学の校長先生は、僕が野球部在籍時代の監督を務めていた方でした。ということで怒られるような気もしますので笑、本エントリはこの辺で筆を置きます。