海外フェス「Clockenflap」に行ってきた

Clockenflap #1

2016年11月のイベントですが、
備忘録も兼ねてブログに残したいと思います☆

日本と海外、
同じことをしたとしても全く違うことをしているような感覚になるのは何故だろう。
地下鉄に乗る、店に入ってご飯を食べる、Google Mapで目的地を調べる、ベッドに入って目を閉じる…。
それは言語の違いだけではないと思う。知らない土地に来た喜びや不安や好奇心が、そんな気持ちにさせてくれるのかもしれない。

音楽もそう。
知らない土地で聴く音楽は、全然違っていた。
北京オリンピックを観るために、一人で北京に10日間滞在したとき、僕にとって何でもない音楽だったCSSは親密に僕の耳に触れていてくれた。

また、20代前半に色々な種類のライヴを観てきた僕だけど、学生時代にスコットランド(演:JET)とイングランド(演:The Rifles)で観たライヴは全く趣きが異なっていた。
繰り返すようだけど、場所が違うだけで、基本的には日本と同じことをしているに過ぎない。
入場したらビールを飲み、ビートに合わせて身体を揺らし、favoriteの曲が鳴ったらテンションが上がる。隣の観客とコミュニケーションすることは稀だけど、時々目が合って「これ良いよな」というような合図を送り合う。(それが可愛い女の子だったら最高だ)

ライヴハウスも、別に日本と変わりはしなかった。
だけど、あのとき聴いたThe Riflesの「Local Boy」は本当に楽しかった。
地元の少年たちのように、ビールもたくさん飲んで、その帰路は多幸感でいっぱいだったのを覚えている。

さて、本題は昨年11月に行ってきた香港の音楽フェス「Clockenflap」についてだ。
僕にとって初めて参加する海外フェスだった。休みも無事取れたので、1泊2日の弾丸旅行を敢行した。本エントリでは、ライヴの感想に加えて、それ以外の周辺情報についても紹介する。海外のイベントに対する敷居が、それほど高くないことを実感いただければと思う。

3日間のイベントだったが、日曜日に予定があったため1日券のみを購入。
兼ねてから観たかったSigur Rosが出演するし、何より「これを逃すと海外フェスは一生行けないかもしれない」という危機感があった。できれば欧米圏の海外フェスに行きたかったが、こんな手近で行なわれる海外フェスは貴重だし、沢木耕太郎『深夜特急』のファンとしては香港という街そのものも魅力に感じていた。

「フジロックよりも安い」
元同僚の方の言葉だけど、2万2千円の航空券(LCC)と8,500円の1日券チケット代を含めても4万円ちょっとで滞在することができた。車を運転したりする労力は全く発生しないので(イベントが行なわれた場所も「Central Harbourfront(中環海濱活動空間)」という街のど真ん中)、出費以上にお得感/手近感がある。

「なんでもある/とにかく便利」
都市圏でのフェスということで、Wi-Fiさえ繋がれば、全てのアクティビティは大幅にズレることなく進行していく。
香港エクスプレス(LCC)は事前のオンラインチェックイン機能が便利で、搭乗までの流れが国内線並みに円滑に行なうことができた。しかも羽田発。
香港に着けば、交通網は非常に安定感がある。遅延なく僕はバスとメトロを乗り継いで宿まで辿り着くことができた。また、オクトパスというSuicaみたいな電子カードを購入しておけば、大抵の移動や買い物がタッチ一本で行なうことができる。香港を訪ねたら、最初だけ面倒だけども窓口で購入しておいた方が良いだろう。
Clockenflapの予約〜入場までの仕組みも電子化されている。チケットはメールに添付されたコードを読み込んで完了。「チケットが正しく発券されるのか?」みたいな不安も多少あったが何の問題もなかった。というか日本ではまだまだチケット自宅に忘れちゃう問題がある。この仕組みを採用すれば、チケットを持参するということ自体が発生しないので、個人的にはすごく良いなと思った次第です。

「宿泊はAirbnbにて」
九龍の市街地はけっこうカオスで、綺麗なところもあればそうでないところもある。週末という点や、香港にとってはベストシーズンということもあり普通のホテルを取ろうとすると高額になった可能性がある。
そんな中で6,000円台のワンルームが予約できたのは有り難かった。むちゃくちゃ綺麗というわけじゃないけれど、コスパは抜群。男の一人旅なら全く問題なしという感じだ。

さて、初めての海外フェスはどうだったか。

音楽以外にもアートの会場があるなど、総合的なエンターテイメントを志向しているけれど、やっぱり観客は音楽に期待していた。
それでも僕は、空いた時間にSilent Discoを楽しんだり、香港の夜景が見える場所で独りごちていたり、ちゃっかりスタッフの方に写真を撮ってもらったりと結構楽しんでいた。

タイムテーブルを見ると判るが、Clockenflapは複数ステージに分かれており、ほぼ同じ時間帯にライヴが行なわれるという体裁を取っている。つまり複数ステージで観たいアーティストが被ってしまった場合、「どちらかを諦める」か「前後半で分けて観る」という風にしなければならない。たぶん嗜好に合わせてステージ分けされていたと思うが、ジャンルレスで音楽を楽しみたい人間にとっては選択が難しい。

Clockenflapは洋楽が中心だけど、地元の香港出身のアーティストもちょこちょこ出演する。また日本枠なるものも存在し、今年は最終日にSEKAI NO OWARIが出演した。

僕は良い意味で、だらだらと贅沢に時間を過ごした。
アートを観たり、Silent Discoのステージを観たり、のんびりと香港の夜景を楽しんだり。
実は残念ながら、一番観たいと思っていたSigur Rosのステージに、がっつりとハマることができなかった。

どうしてかは判らない。
残響感というか、ファルセットなヨンシーの声があんまり刺さらなかった。生意気かもしれないけれど音質のせいかもしれないし、イマイチ乗り切れていない(ように感じた)観客の中で前のめりなvibesを見出せなかったのかもしれない。サマソニ深夜で観たAnimal Collectiveと雰囲気的には同じなはずで、それはもう最高に興奮したので…。判らない。

最終的にフィナーレを迎えたのは、2番目に大きなステージで行なわれていたGeorge Clinton & Parliament Funkadelicだった。ファンクでロックなステージは、朝霧JAMの大トリの大円団みたいな感じだった。繊細なSigur Rosとは真逆のような感じで、もちろんどちらが良いということはないんだけど、僕はこの場をもって2016年のClockenflapに幕を閉じた。

まあ強いて言うならば、あまり分煙対応の意識が香港にはないのか、ぷかぷかとそこら中でタバコを吸っている人たちがいたことは今後の課題かもしれない。結構吸っている人たちの人数も多いので、「じっくりとステージを観る」タイプの人にとって、場所によっては眉を顰めることになるかもしれない。

それ以外の時間も、僕は初めての香港を十分に楽しんだ。
ザハ・ハディドの建築(香港理工大学のジョッキー・クラブ・イノベーション・タワー)を見に行ったり、香港の現地民が集う食堂で飯を食ってみたり。
久しぶりに『地球の歩き方』を握りしめて、どこに何があるかを唸りながら考えるのも楽しいものだった。

お金がかからないとは言え、一人で日本を離れることは早々できることではない。
だけど海外での非日常体験というのは、間違いなく新鮮で楽しいもの。こういうドキドキは30歳を過ぎるとなかなか味わえるものではないので、今後も積極的に海外遠征を検討していければと思う。

Clockenflap #2

hong gong #1

hong gong #2

hong gong #3

hong gong #4

10年前のことを思い出した

walk_in_scotland

東日本大震災から6年が経った。
その日、僕は都営バスに揺られながらその瞬間を迎えた。えも言われぬ虚無感が、一瞬だけ僕の身体を過ぎったのは気のせいだっただろうか。

と同時に、社会人として丸10年を過ごそうとしていることに気付く。
2007年4月に入社し、途中で起業しようと試みた期間もあり、正確には社会人を丸10年こなしてはいない。ただまあ、「10年」という区切りを今月末で打っても差し支えなかろう。

色々なことがあった。
良いこともあったし悪いこともあった。想定外の事件があった。いくら提案しても動かない現場があった。半信半疑で進めたディレクションがヒットしたこともあった。お世辞にも、優秀なマーケッターとしては言い難い。
外部の視点。僕の活動に関する評価。加点されることもあれば、減点されることもあった。僕はだいたいにおいて評価というものを気にしていなかった。伸び伸びと動くことを許してもらっていたことが多かったから。(「評価」というものが無意味だと言っているわけではないし、「評価」を全く無視して働いてきたわけではありませんので。悪しからず)。

10年があっという間な気もするし、積み上げてきたなという気もする。
いずれにせよ、3月は、この10年間をゆっくりと振り返ってみたいと思う。

さて、2006年3月に僕は何をしていただろう。
僕は学生最後のひとり旅を敢行すべく、スコットランドを訪ねていた(その後ロンドンに寄る)。合わせて10泊程度の短い旅だったけれど、冬の薄寒さが残る島国で、僕は毎日安いビールを飲みながらぷらぷら街を歩いていた。

グラスゴーでは、セルティックFCのゲームを観に行った。
当時スコティッシュ・プレミアシップで活躍していた中村俊輔を生で観るためだ。
セルティック・パークは中央駅から約4km。英語に自信がなかった僕は、バスなどを使わず歩いてセルティック・パークまで向かった。繁華街からスタジアムに向かうにつれ、少しずつ郊外の色彩を帯びていく(つまり、ちょっと廃れたような建物が多くなる)。だがサッカー・ゲームのある日は、街中がお祭りになるようで、そこかしこのパブでファンがビールを飲んでいる。陽気に仲間と話している様子は、異国の地で珍しく羨ましさを覚えたものだ。

無事に当日券を入手し、僕は試合を観戦することができた。
試合前にセルティックの選手が続々とコールされていく。「SHUNSUKE NAKAMURA」の名前が呼ばれた途端、一番の歓声が上がる。僕は鳥肌が立った。日本人が、スコットランドという土地で認められているという揺るぎない証左。日本でテレビ越しに観ていては実感できない雰囲気だ。試合が始まってからも、彼の一挙手一投足には注目が集まり、良いプレーには惜しみない拍手が送られていた。

10年経った今でも、そのときの感覚は忘れられない。
「原点」と言うほどでもないけれど、人々が熱狂する瞬間を、自らの直接の感覚で味わうことができたのだ。

「歩く」という感覚を、社会人になっても忘れたくない。
その道を知っている・知っていないにも関わらず、
歩いたならば、何気なく目にできる景色があるはず。
歩いたならば、頬にあたる風から季節の移り変わりが分かるはず。
歩いたならば、とても良い匂いのしてくる定食屋さんを発見できるかもしれない。
僕は学生で、お金を節約するために、駅1コ分なら歩くことを心掛けている。
社会人になったら、ある程度お金が手元に入るはずだ。だけど、その引き換えに多くの時間が失われてしまうかもしれない。
だからこそ、僕は駅1コ分なら歩く感覚を大切にしようと思うのだ。

10年前に書いた自分のブログを引用するのは恥ずかしいのだが、今もだいたい似たようなことを考えて生きている。

「歩く」ということは、どういうことなのだろうか。
あまりにフィジカルに依存しているし、大量処理を目指せないアナログな感じ。
当たり前のようにタクシーに乗る人たちから見れば、「歩く」ことは非効率で徒労そのものなのだろう。

それでも、今も僕は「駅1コ分なら歩く」という感覚は忘れたくない。
あのとき、セルティック・パークまで歩かなかったら、僕はあれほどサッカーに熱狂しなかったと思うから。

このブログは2012年12月から続けているので、今年で丸5年になる。
その間、書けていないこともたくさんある。自分の中でぐつぐつと煮込まれている一方、間違いなく細部はぽろぽろと零れてしまっている。それらはどこへ消えていったのだろう。僕の元に却ってくるだろうか。

時の流れとは速い。
もはや2017年は「5分の1」が過ぎてしまったらしい。
フルマラソンで言うと、「8.4km」くらいのところだ。プロであれば中盤に向けて周囲を牽制する頃だろうし、練習不足のアマチュアランナーであればレースの独特の疲れに不必要に押され始める頃だろう。

【誰だって、レースの独特な疲れに、不必要に押され始めたくなんかない】

10年前の記憶を遡り、そこで生じた雑感をつらつらまとめてみただけだが、結論はシンプルだ。
やれることを、粛々とやっていくだけ。それに勝る処世術はない。

「アートいちはら2015秋」〜作品編〜

大好きな森ラジオステーション。森遊会の皆さんと

大好きな森ラジオステーション。森遊会の皆さんと

*全体編はこちら

あまりに好きなもの、好きなことを書くとき、
どうしても想いが先行しすぎて上手く表現できないことがある。
僕にとって「中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス」がそれなんだなと。前回のエントリで言葉に頼ったけれど、自らの表現力の低さを痛感しつつも、改めて想い自体の価値の重みを知った。
いずれ時間をかけて、僕らしい表現で、いちはらアート×ミックスのことを書いていければと思う。

さて「アートいちはら2015秋」に戻ろう。
このイベントは、総合プロデューサーの北川フラムさんの意向もあって、若手の作家がある程度の期間をコミットした上で参加している。その流れで、各会場に作家がいることもあって、僕たちは直接作家の話を聞くこともできる。

実は、僕はどちらかと言えば、作品そのものから何かを吸収したい / 何かを得たいと思うタイプである。
だけど、比較的僕と年齢の近い作家が多いせいか、自然とどのような制作過程を経ているのか気になっていたんだと思う。作家の方々は皆、真摯に対応してくれる素敵な人たちだった。
いくつか素敵な作品にも出会えたので、備忘録も兼ねて、本エントリに諸々書いていきたいと思う。

「仲田絵里」in IAAES
仲田絵里さんの作品に初めて会ったとき、違和感を覚えた。
一室に展示されている写真は十数点くらい。どれも、とてもあっさりした顔の女性モデルが、様々な衣装を纏い撮影されているというシンプルな構成のものだ。
何かグロテスクなものが写っているわけではないのに、何故だろうと思った。
「同じ時代」に生きている感じがしない、あっさり言うとどれも共感性が低いように感じるのだ。

種明かしはこう。
モデル(作家の仲田さん本人だ)は、幼い頃に亡くなった自身の母親の遺品を着て、撮影に臨んでいるというコンセプトだ。「母親の遺品を、娘の自分が着て撮影する」という必然性。

モデル(仲田さん)は今を生きているのに、身に纏っているのは古き時代のもの。
仲田さんも綺麗な人なので全然着こなしているのだけれど、やっぱり違和感がある。

その差分がそっくり価値になっている。
「生きること」「母娘の血縁の価値」を表現している作品なのかもしれない。

なお、仲田さんの写真集の出版元は赤々舎
以前本ブログでも書いた『ひとり出版社という働きかた』でも紹介されていた注目の出版社である(なかなか採算の取れない「写真集」をpublishしている)。
自分の興味・関心が繋がっているなあと、しみじみ感じます。

仲田絵里さんと

仲田絵里さんと

「佐藤香」 in アートハウスあそうばらの谷
アートハウスあそうばらは、養老渓谷駅から徒歩8分くらいの場所にある。いちはらアート×ミックスのために、古民家をリノベーションして造られた展示スペースだ。ハイキングに進む道すがら、ぐっと低い谷間をぬって訪れると、カフェも併設されたアートイベントを象徴したような場所だということが判る。

秋イベントでは、土絵作家の佐藤香さんの大作が展示されていた。

土絵作家、と聞いてもピンと来ないと思うけれど、彼女から話を聞くと、なかなか大変なチャレンジをしていた。
まず素材集めから大変だ。彼女が使用する具材は絵の具では無い。文字通り、土だ。

いちはらアート×ミックスに限らず、大地の芸術祭を始めとする地方のアートイベントに招かれる佐藤さん。
そこで展示をするにあたって、佐藤さんは「現場」の土の採取を試みる。良い土はわりと崖の方にあったりするそうで、命がけで具材を調達している。

作品はどれも大掛かりで、見るものを呑み込むような力強さがある。
どうしてこんな細い方が、このような大きなサイズの作品を作れるのか不思議である。
土絵作家と聞けば肯けるけれど、やはり使われている色は、土をベースにした色合いだ。
古墳とか、壁画とか、そういったものを連想させる。青とかピンクとか、そういう色は皆無だけど、紋様の独特さに迫力があって、多分見るものを唸らせるのだと思う。

具材となっている土も展示されていたが、同じ「土色」でも、色によってはかなり様相が異なっている。
赤っぽい色、黒、淡い茶色、土が太陽に照射され続けて褪せてしまったような色。どれもリアルで、何となくデジャヴだ。紋様さの独特さのことを言及したけれど、どこか懐かしさを感じるのは、僕自身が土遊びに興じていた幼少期があるからなのかもしれない。

佐藤さんは気さくな方で、作品を語ることのできる「言葉」も持ち合わせていた。
日本にとどまらず、海外でも活躍していきそうな作家である。

土絵作家・佐藤香さんと作品

土絵作家・佐藤香さんと作品

採取した土たち

採取した土たち

長くなりそうなので、一旦ここまで。
2015年のアート納めには早いので、12月もアートに触れる機会があると良いなあと思っている。
同時に、僕自身の創作意欲も増したように思う。何かを残せる人生でありたい。

栗山斉さんの不思議で美しい作品

栗山斉さんの不思議で美しい作品

月出工舎

月出工舎

「アートいちはら2015秋」に行ってきた

IMGP5146

*作品編はこちら

妻と初めて1日デートした場所は、千葉県市原市だった。
芸術肌な彼女の趣味に合わせて「アートが好きだ」と嘯き、参加したのが1年半前の「中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス」。それから不思議で楽しい縁があり、市原市には何度か足を運んでいる。僕ら夫婦にとって大切な場所だ。

そんな市原市では、11/21,22,23,28,29と「アートいちはら2015秋」が開催されている。
「中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス」の関連イベントだ。僕らは2日目に参加してきた。
タイミング良く、本イベントの総合プロデューサーを務める北川フラムさん(「大地の芸術祭 越後妻有トリエンナーレ」の総合ディレクターも務めている方)と巡るバスツアーも企画されているとの情報を聞きつけた。参加しない理由が無かった。

バスツアーは、

・IAAES[旧里見小学校]
・月出工舎[旧月出小学校]
・アートハウスあそうばらの谷
・内田未来楽校
・森ラジオステーション
・市原湖畔美術館

という主要エリア全てが網羅されていて、1箇所に滞在する時間は多少タイトだったものの、のんびり鑑賞しがちな僕ら夫婦にとって、全てを満喫できるというのは非常に喜ばしいことだった。
少々文字数も多くなってしまうので、「アートいちはら2015秋」で心に残った作品については別エントリにて紹介するが、魅了的な作品がとても多くて、ほくほくとした気分で三連休を過ごすことができた。多くの現場では作家の方々が待機してくれていて、作品の制作経緯だったり、制作意図などを直接聴くことができた。普通の美術展では考えられないことだし、作品を別視点で見ることのできる貴重な機会だったと思う。

紅葉のピークは来週末とのことだが、市原は銀杏の黄色で色付いていた。
春の菜の花とはまた違う、趣きのある素敵な光景だった。

***

大前提として、「中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス」もジャンルとしては、最近良く耳にするビエンナーレやトリエンナーレなどと同様のアートイベントに違いないだろう。
僕自身、この手のイベントは門外漢なわけであくまで私見だけど、「中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス」は単なるアートが主役なイベントでは無いように感じている。

温かさを感じることが多いのだ。

例えば。
たくさんの魅了的なアート作品の傍らでは、イベントを支える地域ボランティアの姿が必ずある。
時には猪汁を振舞ってくれたり、時には受付を担当してくださったり、時にはみかんを袋いっぱい分けてくれたり、時にはバスの出発を見送り手を振ってくれる。

別エントリでも書いたけれど、地元の人たちは現代アートにおいて「何が面白いか」なんてことが(乱暴な言い方だけど)判っていない人たちも少なからずいるんじゃないかと思う。というか、そういうことに価値を感じているのではなく、そこから派生する様々な物事に面白みを感じてくださっているのではないだろうか。それは全然悪いことじゃないし、むしろより健全だとさえ感じる。

その証拠に、市原に来る観光客を案内しようとする彼らの熱意は本当に高い。クリエイティヴという現場で、「作り手」である作家に負けないほどの溢れんばかりの情熱があると感じさせる。

そんな雰囲気の中で楽しむことができたので、今回のバスツアーでは参加者の方と個人的にメールアドレスを交換させていただいたり、地域NPOのチラシをいただいたりして、本当に僕たちの人生にとっても意義深かったと思う。

北川フラムさんはバスの中で、「市原市が抱える問題をどのように解決するか」ということを話されていた。
僕たちも微力ながら、その過程を楽しみながら見つめ、また時には関わっていければと思った次第だ。

湖畔美術館

湖畔美術館

木村崇人さんの作品

木村崇人さんの作品

小湊鐵道バス

小湊鐵道バス

大原美術館に行ってきた、エル・グレコ『受胎告知』凄すぎた。

2015年10月24日。
是が非でも行きたかった大原美術館に行ってきた。

31年間生きてきて、初めての大原美術館。栃木出身の僕にとって、倉敷にある大原美術館は少し遠かった。このペースで行くと次の訪問は62歳のときか。いやいや、30代のうちに、少なくとも3回は再訪したいと強く思える場所だった。
憧れが叶ったからこそ、この場所は僕にとってのfavoriteになったわけで、その経緯の一端を記したいと思う。

存在自体は知っていたけれど、大原美術館に行こうと強く思ったのは『楽園のカンヴァス』を読んだからだ。
『楽園のカンヴァス』は主要な登場人物であるティム・ブラウンと早川織江が、アンリ・ルソーのマスターピースの真贋を判定する物語。伝説のコレクターと呼ばれるバイラーの屋敷で起こる様々なドラマを描いた小説だ。原田マハの女性らしい日本語は、アートファンだけでなく、多くの読者を魅了し、結果的に彼女の代表作になっている。
『楽園のカンヴァス』の冒頭では、大原美術館内で監視員(セキュリティスタッフ)として働く早川織江のアートへの愛や、断ち切った芸術という世界への想いが描かれている。主に大原美術館内で描かれる早川織江の心模様と共に、『受胎告知(エル・グレコ)』であり『鳥籠(ピカソ)』であり『パリ近郊の眺め、バニュー村(ルソー)』が登場する。

これらの(実際の)絵画が本作に直接影響を及ぼすことは無かったと僕は解釈している。
しかしながら、実際にキュレーターとして働いたことのある原田は言う。「名画はときとして、人生に思いがけない啓示をもたらしてくれる」と。その言葉に僕はしっかり共感したし、あまりにも有名な『受胎告知』を見てみたいと思ったのだった。なんせ、日本に2つしかないエル・グレコの作品の1つなのだ。

もちろんエル・グレコだけでは無い。
モネ、ゴーギャン、ピカソ、セザンヌ、ルソー、ルノワール、デュフィ、マティス。西洋絵画においてあまりにも有名な画家たちの名画が展示されている。
僕が好きなマティス(『楽園のカンヴァス』では、キュビズムに目覚めたピカソの作品を糾弾している、ちょっと残念な画家として登場している)の作品は5,6点あった。扇形に優れてシンプルだけど物の特徴を捉えたような、アートというよりデザインのような作品。多くの人は他の名画に目を奪われてしまうかもしれないけれど、マティスのそんな作品と、しっかりとキュビズム以前を象徴するようなレトロな作品も置かれている。

倉敷という土地柄のおかげで、人もそれほど多くないのは嬉しかった。また、美術館の雰囲気として、整然なものを醸し出してくれたおかげで、誰もがしっかりと絵画に集中できる環境にあった。
絵画と絵画の間も適切な「間」があって、作品と作品がかち合うということも無かったように思う。東京の美術館のように忙しなさが無い。重要なポイントの1つだ。

フレデリック『万有は死に帰す、されど神の愛は万有をして蘇らしめん』という大掛かりな作品をしばし眺め、順路に従って歩いていくと、1枚だけの展覧スペースにぶつかる。

エル・グレコ『受胎告知』だ。
折につけ、この作品を画面上などで見ていたが、実際に見ると、その迫力に驚かされた。
『受胎告知』は聖書の一節がモチーフになっており、キリストの受胎を告げる天使ガブリエルと聖母マリアが描かれている。そのちょうど真ん中を飛翔する鳥の意味は判らないが、作品がダイナミックな動きの中で、差し迫った決断を求め・求められている様子を想像させる。

室内なのか屋外なのか。
光と影。
動と静。

ガブリエルとマリアの色彩も興味深い。
赤と黄。それは当たり前だけど、デュフィの色彩感覚とも全然違う。
デュフィの色彩感覚の豊かさには目を見張るけれど、『受胎告知』の完璧な色合いは、デュフィのそれとは全然違うし、名画たる所以の静謐さがある。そして同時に獰猛さも感じる。

彼女たちが視線を交わす。そのあり方と言ったら!
その絵1つで、どれくらいの物語を感じさせるのだろう!

大原美術館の礎を築いた児島虎次郎と大原孫三郎の胆力に、未来からあっぱれを送りたい。
実はエル・グレコを何度も何度も繰り返し見たおかげで、本館の作品しか見れなかった。別館含め、東洋館や工芸館もクオリティが高そうなのに、なかなか時間の配分が上手くいかなかった。

次はいつ行けるだろうか。
エル・グレコに呼ばれている気がしなくも無いのだ。

本筋とは関係無いけれど、エル・グレコ『受胎告知』の動線にも感心した。
展示室に入ると、その真ん中に『受胎告知』がどーんと展示されているんだけど、動線的に、まず絵を見る流れになっているのだ。『受胎告知』をしっかりと堪能した後で、解説文(結構長い)を読む。

まず、絵なのだ。

これは重要だと思う。
僕も動線でタイトルや解説があったら、無意識で読んでしまう。

でも、感じるのが先だと常々思うわけです。
こういう動線の仕方が、美術館のスタンダードになれば良いなあと思う。
(海外の美術館は、そもそも英語がそれほど読めるわけではないので、自然と作品を見ることになりますがね)