いちはらアート×ミックス2017に行ってきた

市原の菜の花

以前、「いちはらアート×ミックス」関連の記事を書いたことがあるため(全体編作品編)、今回は簡単に。

前回は2014年に開催されたいちはらアート×ミックスが、3年ぶりに市原市に戻ってきた。
日帰りだったので多くの箇所を周遊できなかったけれど、作品は佳作揃いで非常に刺激的だった。時期も良く、菜の花が一面に広がり、桜もまだ咲いているタイミング。
何度も訪ねている市原の里山風景だけど、最も華やいだ時期の1つと言えると思う。

小湊鐵道さんが企画している「トロッコ列車」にも乗ることができた。
人気の窓なし車両のチケットが予約できたのだが、風がふわりと車内に入ってくるので、身体も心も開放的な気分になる。

写真を幾つか貼りますが、春の市原は素晴らしいです。
「晴れたら市原、行こう」というキャッチフレーズがある通り、ぜひ会期中に市原に足を運んでみてください。きっとお気に入りの場所が見つかるはずです。

トロッコ列車の車窓から

森ラジオ ステーション、木村崇人さんの作品

内田未来楽校、キジマ真紀さんの作品

IAAES、渡辺泰子さんの作品

海外フェス「Clockenflap」に行ってきた

Clockenflap #1

2016年11月のイベントですが、
備忘録も兼ねてブログに残したいと思います☆

日本と海外、
同じことをしたとしても全く違うことをしているような感覚になるのは何故だろう。
地下鉄に乗る、店に入ってご飯を食べる、Google Mapで目的地を調べる、ベッドに入って目を閉じる…。
それは言語の違いだけではないと思う。知らない土地に来た喜びや不安や好奇心が、そんな気持ちにさせてくれるのかもしれない。

音楽もそう。
知らない土地で聴く音楽は、全然違っていた。
北京オリンピックを観るために、一人で北京に10日間滞在したとき、僕にとって何でもない音楽だったCSSは親密に僕の耳に触れていてくれた。

また、20代前半に色々な種類のライヴを観てきた僕だけど、学生時代にスコットランド(演:JET)とイングランド(演:The Rifles)で観たライヴは全く趣きが異なっていた。
繰り返すようだけど、場所が違うだけで、基本的には日本と同じことをしているに過ぎない。
入場したらビールを飲み、ビートに合わせて身体を揺らし、favoriteの曲が鳴ったらテンションが上がる。隣の観客とコミュニケーションすることは稀だけど、時々目が合って「これ良いよな」というような合図を送り合う。(それが可愛い女の子だったら最高だ)

ライヴハウスも、別に日本と変わりはしなかった。
だけど、あのとき聴いたThe Riflesの「Local Boy」は本当に楽しかった。
地元の少年たちのように、ビールもたくさん飲んで、その帰路は多幸感でいっぱいだったのを覚えている。

さて、本題は昨年11月に行ってきた香港の音楽フェス「Clockenflap」についてだ。
僕にとって初めて参加する海外フェスだった。休みも無事取れたので、1泊2日の弾丸旅行を敢行した。本エントリでは、ライヴの感想に加えて、それ以外の周辺情報についても紹介する。海外のイベントに対する敷居が、それほど高くないことを実感いただければと思う。

3日間のイベントだったが、日曜日に予定があったため1日券のみを購入。
兼ねてから観たかったSigur Rosが出演するし、何より「これを逃すと海外フェスは一生行けないかもしれない」という危機感があった。できれば欧米圏の海外フェスに行きたかったが、こんな手近で行なわれる海外フェスは貴重だし、沢木耕太郎『深夜特急』のファンとしては香港という街そのものも魅力に感じていた。

「フジロックよりも安い」
元同僚の方の言葉だけど、2万2千円の航空券(LCC)と8,500円の1日券チケット代を含めても4万円ちょっとで滞在することができた。車を運転したりする労力は全く発生しないので(イベントが行なわれた場所も「Central Harbourfront(中環海濱活動空間)」という街のど真ん中)、出費以上にお得感/手近感がある。

「なんでもある/とにかく便利」
都市圏でのフェスということで、Wi-Fiさえ繋がれば、全てのアクティビティは大幅にズレることなく進行していく。
香港エクスプレス(LCC)は事前のオンラインチェックイン機能が便利で、搭乗までの流れが国内線並みに円滑に行なうことができた。しかも羽田発。
香港に着けば、交通網は非常に安定感がある。遅延なく僕はバスとメトロを乗り継いで宿まで辿り着くことができた。また、オクトパスというSuicaみたいな電子カードを購入しておけば、大抵の移動や買い物がタッチ一本で行なうことができる。香港を訪ねたら、最初だけ面倒だけども窓口で購入しておいた方が良いだろう。
Clockenflapの予約〜入場までの仕組みも電子化されている。チケットはメールに添付されたコードを読み込んで完了。「チケットが正しく発券されるのか?」みたいな不安も多少あったが何の問題もなかった。というか日本ではまだまだチケット自宅に忘れちゃう問題がある。この仕組みを採用すれば、チケットを持参するということ自体が発生しないので、個人的にはすごく良いなと思った次第です。

「宿泊はAirbnbにて」
九龍の市街地はけっこうカオスで、綺麗なところもあればそうでないところもある。週末という点や、香港にとってはベストシーズンということもあり普通のホテルを取ろうとすると高額になった可能性がある。
そんな中で6,000円台のワンルームが予約できたのは有り難かった。むちゃくちゃ綺麗というわけじゃないけれど、コスパは抜群。男の一人旅なら全く問題なしという感じだ。

さて、初めての海外フェスはどうだったか。

音楽以外にもアートの会場があるなど、総合的なエンターテイメントを志向しているけれど、やっぱり観客は音楽に期待していた。
それでも僕は、空いた時間にSilent Discoを楽しんだり、香港の夜景が見える場所で独りごちていたり、ちゃっかりスタッフの方に写真を撮ってもらったりと結構楽しんでいた。

タイムテーブルを見ると判るが、Clockenflapは複数ステージに分かれており、ほぼ同じ時間帯にライヴが行なわれるという体裁を取っている。つまり複数ステージで観たいアーティストが被ってしまった場合、「どちらかを諦める」か「前後半で分けて観る」という風にしなければならない。たぶん嗜好に合わせてステージ分けされていたと思うが、ジャンルレスで音楽を楽しみたい人間にとっては選択が難しい。

Clockenflapは洋楽が中心だけど、地元の香港出身のアーティストもちょこちょこ出演する。また日本枠なるものも存在し、今年は最終日にSEKAI NO OWARIが出演した。

僕は良い意味で、だらだらと贅沢に時間を過ごした。
アートを観たり、Silent Discoのステージを観たり、のんびりと香港の夜景を楽しんだり。
実は残念ながら、一番観たいと思っていたSigur Rosのステージに、がっつりとハマることができなかった。

どうしてかは判らない。
残響感というか、ファルセットなヨンシーの声があんまり刺さらなかった。生意気かもしれないけれど音質のせいかもしれないし、イマイチ乗り切れていない(ように感じた)観客の中で前のめりなvibesを見出せなかったのかもしれない。サマソニ深夜で観たAnimal Collectiveと雰囲気的には同じなはずで、それはもう最高に興奮したので…。判らない。

最終的にフィナーレを迎えたのは、2番目に大きなステージで行なわれていたGeorge Clinton & Parliament Funkadelicだった。ファンクでロックなステージは、朝霧JAMの大トリの大円団みたいな感じだった。繊細なSigur Rosとは真逆のような感じで、もちろんどちらが良いということはないんだけど、僕はこの場をもって2016年のClockenflapに幕を閉じた。

まあ強いて言うならば、あまり分煙対応の意識が香港にはないのか、ぷかぷかとそこら中でタバコを吸っている人たちがいたことは今後の課題かもしれない。結構吸っている人たちの人数も多いので、「じっくりとステージを観る」タイプの人にとって、場所によっては眉を顰めることになるかもしれない。

それ以外の時間も、僕は初めての香港を十分に楽しんだ。
ザハ・ハディドの建築(香港理工大学のジョッキー・クラブ・イノベーション・タワー)を見に行ったり、香港の現地民が集う食堂で飯を食ってみたり。
久しぶりに『地球の歩き方』を握りしめて、どこに何があるかを唸りながら考えるのも楽しいものだった。

お金がかからないとは言え、一人で日本を離れることは早々できることではない。
だけど海外での非日常体験というのは、間違いなく新鮮で楽しいもの。こういうドキドキは30歳を過ぎるとなかなか味わえるものではないので、今後も積極的に海外遠征を検討していければと思う。

Clockenflap #2

hong gong #1

hong gong #2

hong gong #3

hong gong #4

第42回市原高滝湖マラソン雑記(2016年1月9日)

2016年最初のレースは第42回市原高滝湖マラソン。
1年ぶりのハーフマラソン。千葉県の房総エリアでは、昨年末の〜coast to coast〜 房総半島横断60kに続いてのレースとなる。

「フルマラソンをそれだけ(14回)走っているなら、ハーフマラソンなんて楽でしょ?」
時々走らない人から言われるんだけれど、もちろんそんなことは無い。「もちろん」という副詞を付けてしまったけれど、全てのランナーの皆さまなら共感してくれるのではないだろうか。例え5キロであっても、自分がベストを尽くそうと思うのであれば身体から全エネルギーを放出すべくハッスルしなければならない。仕事において、どんなルーティンにおいても、最善を尽くそうと思えばそれなりに疲労が生まれるのと同じことだ。

さて、今回走った市原高滝湖マラソンだが、市原市で「42回」続く伝統ある大会である。
「元旦マラソン大会」「新春マラソン大会」という過去の名称を引き継ぎながら、地元の市原市民に愛されて開催されている。参加者数も2,059人となかなかの数だ。しかもそのうち、市原市民は1,066人と5割を超えている。市原市の人口は約28万人、0.5%が参加している計算になる。数にすると、少なく感じられるかもしれない。

だけど、実際に参加して実感したのだが、この大会は多くの市原市民に愛されている。
車でなければ、開催地である市原高滝湖には小湊鐵道という地元のローカル線(同じ市原市なのに、JR五井駅から40分以上かかる)を使わなければならない。アクセスがお世辞にも良いと言えない場所に、こうして多くの市原市民を集めるというのは、なかなか困難なはずだ。
大会は、2.5km小学生女子の部から、5km、10km、ハーフマラソンと、実に細かい区分けがなされていた。大会パンフレットによると、小学生なんて男女を合わせても参加者数は100人ほど。だけどそこを「きちんと」拾っていく。運営面・収益性を鑑みると正直煩雑なことだろう。だけど、そんなことちっとも問題ではない。幅広い年齢層の市原市民が、元気であり続けて欲しいということなのだ。その辺は、東京マラソンや湘南国際マラソンといったメガ・レースと一線を画している。レース後に立ち寄った黒湯の温泉旅館で市原市のカレンダーが掲示されていたけれど、ちゃんと【1月9日】には市原高滝湖マラソンが実施される旨が記載されていた。さすがである。

***

なお、この大会は妻と走りました。
もともと妻はランナーでは無いのだが、1年に1回くらいは走ろうと決め(僕が決めました)、昨年に引き続いて2回目のハーフマラソン参加である。僕が僭越ながらガイド役を務め、制限時間内で完走するのがミッション。昨年は初回ということもあり何度か二人で練習をしたが、今年は何やかや予定が立て込み、妻は一切練習できなかったのが不安要素。いくら身体が丈夫な妻とは言え、そんなにマラソンは甘くない。
加えて、僕が腕時計を忘れるという失態を犯す。自宅の出発が遅れ、レースに遅刻気味で焦ってしまったのだ。ガイド役失格である。おかげで携帯電話(しかもガラケー)をいちいち取り出しながら、時間確認せざるをえなくなってしまった。ストップウォッチ機能がないために、分単位でしか状況確認できないのも痛い。

市原高滝湖マラソンは、一応関門および制限時間が設定されています。
14キロ地点で1時間40分、ゴール時点で2時間半。つまり、1キロ7分ペースをきっかり守っていかねばならない。標準といえば標準である。ちなみに我々の昨年のゴールタイムは2時間26、27分くらい。コースは基本的にフラットだが、向かい風が発生するなどレース・コンディション次第でタイムに影響が出てしまう。

だいたいにおいて、僕は楽観的な性格だと自覚している。
しかしマラソンを走ることに関しては、楽観的な性格とは言えないように思う。
幾つかの致命的なリスクを想定し、可能であれば予め潰しておく。対策を練った分だけレースの成否可能性が劇的に高まるわけでは無いのだが、事前準備の有効性は実感している(何度もレースで痛い目に遭って来たので)。せっかくレンタカーまで借りて千葉にやって来たのに、ゴールできないなんて絶対嫌だ。

***

レースは高滝湖を3周する。
1周あたり7キロなので、1キロあたり6分30秒〜6分45秒くらいで走れれば、2周を終えて余力が無くなったとしてもゴールできるはず。そんな見立てで走ることにした。妻とゆっくりとした速度で走るため、寒さ対策のため普段よりTシャツを1枚多く着込んで走ったが、日なたでは「暑い」と感じるほどの陽気だった。通常ならば2月上旬から咲き始める菜の花も沿道で姿を見せているほど。喉が渇く→給水ポイントで水を飲み過ぎるという懸念があったので、手持ちのポカリスエットで小まめに水分を補給した。無風に近い状態で、実に気持ち良く走ることができるのが本当に有難い。
1周目はどんなコースだろうと思っていたが、初心者ランナーには若干しんどいアップダウンがわりとあるなという印象を受けた。特に2〜3キロの上り、4〜6キロのアップダウンは周回を重ねるほどに脚にダメージを与えるだろうと感じた。

それでも、妻の顔を見ると余裕さえ感じられたし、知り合いの市原市の方にお会いして記念撮影できるくらい和気藹々と2周(14キロ)を過ぎることができた。関門の制限時間を5分ほど上回るペース。だけど後々振り返ると、2周目のペースは若干上がり過ぎていたかもしれない。近くで走っていた4人組のランナーたちの後を走っていたけれど、彼らのペースが想定よりも上がっていたので、僕としては少し自制してみるべきだった(妻は何度も「ペース上がってない?」と心配してたが、僕は「想定内のこと」として処理してしまったのだ)。

案の定、3周目に入ると我々のペースがグッと落ちた。
4人組のランナーたちとも少しずつ距離を空けられていった。妻の表情に変化は無かったし「昨年よりも全然疲れていない」と話しているほどに、疲労が溜まっているわけではなかった。要するに妻の言葉は間違っていなかったのだけど、その一方で昨年に比べ、ゴールに向かう馬力のようなものが、なかなか湧き上がって来なかったのだ。

疲れない。
その一方で、ペースはしっかり落ちていく。

数値化すると、その落差はしっかりと表れている。

残り7.1キロの時点で、制限時間まで55分(1キロあたり7.74分ペース)。
残り3.1キロの時点で、制限時間まで22分(1キロあたり7.09分ペース)。

幸いだったのは、残り3.1キロからは殆どフラットなコースが続いたこと、最後まで無風だったこと、そして終盤まで妻が余力を振り絞れるほどにモチベーションを保てていたことだ。残り1.1キロの地点(制限時間まで7〜8分)で沿道の方々が「制限時間ギリギリだよ」と発破をかけてくれたことにも助けられた。我々を更にギアチェンジさせてくれて、残り300メートルは中距離走のごとく駆けることができた。

結果は、制限時間の6秒前にゴール(2時間29分54秒)。
本当にギリギリだった。
かつて、これほどまでに制限時間に近接したことは無かった。

あまりにエネルギーを使い過ぎて、妻と抱き合って喜ぶことは無かったけれど(単なるモラルの問題でもあるが)、ゴールできたことの感慨深さは昨年の比では無い。ちなみに記録が残ったランナーとしては、我々が最後。つまり「ビリッケツ」である。だけど、実に誇らしい「ビリッケツ」だった。

走っているときは、景色を見る余裕なんて無いものだけど、写真を整理したり記憶の糸を辿っていったりすると、僕がこれまで参加した中でも3本の指に入るくらいの良い環境下でのレースだったと思う(1位はぶっちぎりで南伊豆町みちくさウルトラマラソン)。
そんなレースを妻と無事に完走できたことを喜びたいと思うし、これからも機会を得て走っていきたい。翌日・翌々日と妻は筋肉痛に苦しんでいたけれど、フィジカルに思い出を作るっていうのも良いものだと僕は思います。

高滝小学校に集まる老若男女のランナーたち。

高滝小学校に集まる老若男女のランナーたち。

ご覧の通り、快晴!

ご覧の通り、快晴!

太陽が眩しい。

太陽が眩しい。

高滝湖をぐるっと3周。

高滝湖をぐるっと3周。

適度なアップダウン、走りやすかった!

適度なアップダウン、走りやすかった!

実際のコースマップ、高滝湖を3周します。

実際のコースマップ、高滝湖を3周します。

言葉、ことば(2015年10〜12月)

2015年最後のエントリです。
「色々あったけれど」という枕詞に相応しいほどに、2015年は良いことも悪いことも気疲れすることも手放しに喜ばしいことも「色々」あった。

その中でも一生に一度(であろう)、入籍というのはとりわけ僕にとって大きなイベントだ。
ライフステージが一気にアップデートされ、取り巻く環境や考えるべきポイントが極めて多岐に及ぶようになった。「入籍以前」「入籍以後」という区分けが生まれそうなくらい。丸くならず、良い意味で尖り続けていければと思う。

昨年に続き、今年も残念ながら小説を公開することができなかった。
長い作品になればなるほど、自分の意思や意欲を1点に集中する必要性を感じてしまう。本当は時間を決めて取り組めば良いのだが、仕事やプライベートの予定が詰まってしまうと執筆を継続することが困難になる。まあ、これは言い訳というか自分の弱い部分でもあるので、反省すべきポイントとして2016年に活かしていきたい。

前段が長くなってしまったが、2015年10〜12月の「言葉」についてのエントリ。
言葉メモは習慣として、1年以上続けることができている。良い傾向の1つである。

***

12/12
12/11日本経済新聞朝刊 私の履歴書「奥田務」
参考URL:http://www.nikkei.com/paper/article/?ng=DGKKZO94991190Q5A211C1BC8000

儒学の祖の一人である荀子の言葉から採った「先義後利」というもので、その意味は「企業の利益はお客様と社会への義を貫き、信頼を得ることでもたらされる」。天保8年(1837年)に大阪で多くの豪商が一揆の焼き打ちに遭った大塩平八郎の乱があったが、大丸は逃れることができた。大丸は徳義を重んじる家風が庶民にも広く知られ、乱の頭領の大塩が「大丸は義商なり、犯すなかれ」と命じて難を逃れたこともある。先義後利の話を初めて聞いたときに「利益を追求するためにお客さんや社会への言い訳のようなもので詭弁(きべん)だ」と思った。しかし、後に経営者となってすべての経営活動において先義後利の視点を欠くと、必ずと言っていいほどうまくいかなかった。

百貨店業を営む大丸の社長を務め、2007年に大丸と松坂屋ホールディングスの経営統合(後のJ.フロントリテイリング)を主導した奥田務さんの言葉。「先義後利」という言葉は聞いたことがあったけれど、当時の奥田さんのように、まだ僕の中で腑に落ちていない概念だ。僕もこれから経験を積むにあたり、この言葉の持つ意味合いを実感するだろうと何となく予感している。

 

12/1
村上春樹『ラオスにいったい何があるというんですか』。ギリシャのミコノス島を24年ぶりに再訪した際に感じたこと。

「何年か前に改築したから、昔とは印象が違ってるかもしれないね」とその青年が教えてくれた。僕が礼を言うと、ダムディロプロス青年はにこにこと手を振って「アナルギロスの雑貨屋」に戻っていった。島の人たちは(おおむねみんな)親切で友好的だ。そのへんは昔と変わらない。24年が経過しても、通貨が変わっても、辺りの風景が変化しても、冷戦が終わっても、経済が上がり下がりしても、人々の心根にはそれほど変化はなかったみたいだ。それが僕をほっとさせる。なんといっても人の心は、その土地にとっていちばん大切なものなのだから。

間接的に「福島」のことを示唆しているだろう。『職業としての小説家』に書かれていた「個の回復スペース」というのも、場所そのものの不可欠要素について言及していたけれど、円熟期に入っての村上春樹の言葉の1つ1つに深みがある。本書もさくっと読める紀行記である一方で、読んでいて唸らされるような記述もあって、とても学びになります。


 

10/25
数学者・森田真生とグラフィックデザイナー・原研哉との会談
参考URL:http://www.takeo.co.jp/reading/dialogue/15.html

そもそも「マスマティックス」には「数の学問」という意味はありません。「マテーマタ」というギリシャ語が語源で「最初から知っていたことをあらためて知る」という意味なんです。知らないことを知るのではなくて。

1年前に開催されていた竹尾ペーパーショウの企画「SUBTLE」。
「紙」というものの繊細さ、精密さを再発見することができた展示会だったけれど、専門分野の異なる両氏が何度も熱くクロス・オーヴァーしながら「デザイン」「数学」について語り合う本対談は必読です。上述した言葉はその中で身に沁みた一節。イコールという置き換え作業は、誰もが知っている初まり(前提)から展開されていくものだ。前述した村上春樹『職業としての小説家』にも同様の記述がある。同時多発的なリンクが発生している。

森田真生氏の『数学する身体』、原研哉氏の『デザインのデザイン』も併せてオススメです。


 

12/4
松本人志:ワイドナショー(2015年11月29日放送分)。ワイドナ高校生の水谷果穂がワイドナショーの感想を問われて「すごく素直な意見でとても楽しいです」と答えたのに対して放った一言。

誰のことを言うてんねん。誰のことを何目線で言うてんねん。

「一億総ツッコミ時代」という少し前の言葉もあったように、TwitterなどのSNSで批評家ぶることがもはや常態化した昨今、ワイドナショーで女子高校生が何となしに発した一言+松本人志の返しがとても興味深かった。Face to Faceだと、このように「笑い」という温かみのあるコミュニケーションの中で盛り上がるけれど、匿名性の高い空間だとそうもいかない。僕自身もこうしたエントリを続けているけれど、松本人志の言葉は常に意識の片隅においておくべきポイントだと自戒したい。というかワイドナショー、やっぱり面白いです。

 

***

ちなみに、
2015年のブログのエントリ数は39本(本エントリを含む)。
一番読まれたエントリは「漫才の歴史が変わったウーマンラッシュアワーの凄さ」。
2013年12月のエントリだけど、ダントツでアクセス数を稼いでいます。なんでだろ。

2015年7〜9月のエントリはこちら
2015年4〜6月のエントリはこちら
2015年1〜3月のエントリはこちら
2014年10〜12月のエントリはこちら

***

最後になりましたが、2016年も引き続き「文化とカルチャーの間で」をお願いいたします。
今年は小説も書くぞー!

妻の現場に行ってきた

11/20〜22の期間中、西荻窪で開催されていた妻の展示会「Koristella展」に行ってきた。
とても印象的な絵を描ける妻と、女性らしい可愛いアクセサリーをコラボレーションしていただいた今回の企画展。「マッテとポッケ」というお店の雰囲気にもぴったり合っていて、僕自身も誇らしい気持ちを持つことができた。妻のチャレンジに心から敬意を表したい。

妻はもともと絵を描くことが好きだった。
仕事が終わり、夕食を共にした後で、時々おもむろにパレットに絵の具を敷いて、とても象徴的な女性の絵を描いていた。彼女の絵は、彼女のまっすぐで邪気のない性格を反映しているように感じる。それは、例えば僕のように、邪な感情ばかり抱いている者の心に、ぐさっと懐かしさと切なさを打ち込んでくる。
表現が適切かどうか今ひとつ自信がないけれど、年に数回姪っ子に会って、すっかり心が浄化されるような感覚に似ていると思う。なんでこんなに癒されるのかというと、それは子どもが本来持つ無邪気さであったり、汚れていない純度の高い素直な感情表現がそうさせるんだと思う。

身内びいきで大変恐縮だけれど、彼女の絵は、それに近い力がある。
誰しもが持つ想像力に向かって、じわりと喚起を促すような。

彼女の絵に囲まれた彼女は、とても堂々としていて素敵だった。
料理をするときに、割と高い確率でフライパンを焦がしてしまうような、おっちょこちょいな要素は一切無かった。ほくほくとした充実感を彼女は纏っていたんだと思うし、それがおそらく彼女の絵を見た全ての人たちの実感でもあったはずだ。

「またこれからも絵を描いていきたい」
そう宣言する彼女をいつまでも応援するだろうし、僕自身も「作る」という行為にこだわっていきたい。妻の現場で、その決意が強まったのは本当に妻のなせるわざで、有難いことだと思うのです。

マッテとポッケ

マッテとポッケ

アクセサリーとパッケージにして

アクセサリーとパッケージにして

内装もおしゃれ

内装もおしゃれ

感嘆する夫

感嘆する夫

ポストカード

ポストカード